2023.06.01
with a camera in Hinoemata Village 2
次の出会いを求めて国道に戻ろうとすると、たまたま桧枝岐歌舞伎の舞台を見終えた家族の方々に出会いました。千葉県在住の親子3人と県内在住のおじいちゃん・おばあちゃんです。ご主人の実家が県内にあり、前日はおじいちゃん・おばあちゃんと一緒に尾瀬に行って来たのだそうです。
関東からご実家経由で尾瀬・桧枝岐へ。 |
尾瀬帰りに、舞台へ。 |
「水芭蕉が綺麗だった。」
と話してくれたのは4歳のお孫さん。撮影した水芭蕉を見せてもらうと、上手に撮れています。
と話してくれたのは4歳のお孫さん。撮影した水芭蕉を見せてもらうと、上手に撮れています。
尾瀬の水芭蕉を見て来た男の子。 |
上手にカメラに収められている。 |
素敵なカメラは、
「去年のクリスマスにサンタさんからもらった。青が好きなんだ。」
サンタさんはお孫さんの好みまで把握していたんだね、凄いね。そしてディレクターが
「カメラを構えてみて。」
とお願いすると、
「去年のクリスマスにサンタさんからもらった。青が好きなんだ。」
サンタさんはお孫さんの好みまで把握していたんだね、凄いね。そしてディレクターが
「カメラを構えてみて。」
とお願いすると、
カメラはサンタさんからのプレゼントだったそう。 |
愛用のカメラで撮影をお願いすると… |
撮ってくれました。
これまた上手。おじさん、負けていられませんね。この後の旅も頑張らなくちゃ!
これまた上手。おじさん、負けていられませんね。この後の旅も頑張らなくちゃ!
撮ってくれた。 |
良い表情が撮れている! |
奥様は初めて舞台を見たそうで、
「パワーを感じます。」
実はこの舞台、パワースポットとも言われているんですよ。
「パワーを感じます。」
実はこの舞台、パワースポットとも言われているんですよ。
奥様は舞台を見るのが初めて。 |
実はパワースポット…らしい(ネット情報)。 |
皆さんはこのあと下郷町の大内宿(おおうちじゅく。江戸時代の宿場町だった地域で、今でも当時の面影を残す茅葺屋根の集落があり、人々が暮らしている。)に寄って、ケーキを食べると言います。大内宿と言うと「ねぎそば(ねぎを箸替わりにして蕎麦を食べる名物料理)」が有名ですが、
「ああ、それも食べるんですが、ママがネットで見つけたカフェのロールケーキみたいなのを食べたいというので、それを食べて帰ります。」
ぜひ福島県の良さを堪能していってくださいね。
「ああ、それも食べるんですが、ママがネットで見つけたカフェのロールケーキみたいなのを食べたいというので、それを食べて帰ります。」
ぜひ福島県の良さを堪能していってくださいね。
奥会津を満喫してくださいね。 |
伝承館で、桧枝岐歌舞伎の知識を深めるご家族。 |
本来のロケの時系列からは少しずれるのですが、桧枝岐歌舞伎について、舞台すぐそばにある伝承館の館長に話を伺ったので、その話を。
我々は暫く経ったお昼過ぎに伝承館へ。 |
館長が案内をして下さった。 |
舞台は昔は当時の子どもの数少ない遊び場で、どうも壁の文字は昔の子どものいたずら書きのようです。そして歌舞伎の時には桟敷席となる部分(境内)で三角ベースを楽しんだとか。
どうも、昔の子ども達のいたずら書きらしい。 |
舞台の前の境内部分では、三角ベース(野球)を楽しんだそう。 |
元々は鎮守神に奉納する為に5月12日と8月18日に歌舞伎を始め、「神様に楽しんでもらって、それから農作業などの仕事に入り、お盆でご先祖様に供養して収穫の秋まで働く習慣」だったようです。従って舞台は鎮守神に向かって建てられています。
奉納する歌舞伎なので、日付も決まっている。 |
この舞台は、鎮守神と相対する形で建てられている。 |
現在、舞台を扇形に囲むように客席様の石段がありますが、嘗てはただの斜面で
「元々歌舞伎の前になると、若者が山側に客席を作るのが仕事だったんです。でも村外からもお客さんが増えて、今のような石段の席を設け、桟敷席となる部分を広げる為に、舞台を10m位移動したんです。」
「元々歌舞伎の前になると、若者が山側に客席を作るのが仕事だったんです。でも村外からもお客さんが増えて、今のような石段の席を設け、桟敷席となる部分を広げる為に、舞台を10m位移動したんです。」
元は森の斜面だった所に、石段を造った。 |
結果、桟敷席(アリーナ)と傾斜のある客席が出来上がった。 |
村に伝わる歌舞伎は「千葉之家花駒座(ちばのや はなこまざ)」。
千葉平氏の末裔がこの地に来た事と、地元の山・会津駒ケ岳とそこに咲く花からこの名が付き、去年で花駒座を名乗って100周年を迎えたと言います。
館長も桧枝岐歌舞伎の演者の一人ですが、ここで行う歌舞伎は、ホールなどで行う歌舞伎と違って緊張するそうで、理由を尋ねると
「神様が見ているからじゃないですか。」
神様に奉納する歌舞伎たる所以を、村民の方々はしっかり感じ取っています。
千葉平氏の末裔がこの地に来た事と、地元の山・会津駒ケ岳とそこに咲く花からこの名が付き、去年で花駒座を名乗って100周年を迎えたと言います。
館長も桧枝岐歌舞伎の演者の一人ですが、ここで行う歌舞伎は、ホールなどで行う歌舞伎と違って緊張するそうで、理由を尋ねると
「神様が見ているからじゃないですか。」
神様に奉納する歌舞伎たる所以を、村民の方々はしっかり感じ取っています。
館長も実は歌舞伎”役者”。 |
演者としての館長。決まっている。 |
こちらの伝承館では、桧枝岐歌舞伎にまつわる歴史・写真・物が展示されています。
「家紋が蝶なんです。これは平家の家紋と同じなのです。」
桧枝岐村には平家の落人が住み着いたという伝説があり、村に多い名字の一つ、平野さんはその“平”家の名残とも伝えられています。
「家紋が蝶なんです。これは平家の家紋と同じなのです。」
桧枝岐村には平家の落人が住み着いたという伝説があり、村に多い名字の一つ、平野さんはその“平”家の名残とも伝えられています。
明治期と思われる服には… |
平家と同じ、蝶の家紋が。 |
「歌舞伎伝承館『千葉之家』」は、雪の無い期間の日中(9時~午後4時、休日などは開館時間延長あり)に入場無料で歴史や史料、写真等が見られます。土日などには館長など管理する方がいて、話を聞く事が出来そうです。(つづく)
昔の国鉄(現JR)のキャンペーンポスターに、あの服が使われていた。 |
週末だと、お話が聞けるかも。 |
桧枝岐川の反対側の集落に行くと、縁側で何かをしている方が。この方のご主人が、桧枝岐村の魅力をたっぷり教えて下さる方だったのです!
その3「桧枝岐のスポーツとご当地グルメを極めた達人」は、こちらをクリック。
その3「桧枝岐のスポーツとご当地グルメを極めた達人」は、こちらをクリック。
縁側で何かをしている女性に声をかける…。 |
ご主人が、桧枝岐の魅力を”体現”して下さる方だった! |
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