コラム Vol.1
いわきのカツオ火山

マグロよりカツオのほうが好きだ。そう考えるいわき市民は、想像以上に多いのではないだろうか。カツオといえば、いわきの夏から秋にかけての風物詩。初夏はさっぱりとした「初ガツオ」が、秋になると黒潮を北上して脂を蓄えた「戻りガツオ」が楽しめる。いわき市民にとってカツオは、飲食店や鮮魚店だけでなく日々の食卓やお弁当にも頻繁に顔を出す「市民魚」ともいうべき魚だ。

いわきのカツオ火山 イメージ01地元水揚げのカツオ。鮮度はバツグンにいい

いわき市の南部。小名浜漁港と、そこから数キロ北の中之作漁港が、福島県内におけるカツオの水揚げ拠点になっている。現在は、量自体は減ったものの、それでもなお全国の主要漁港の中で上位の水揚げ量を誇っており、漁を終えた船が帰港してカツオが水揚げされると、港町全体の活気がぐいっと上がり、鮮魚店やスーパーもまた、地元水揚げを喜ぶカツオ商戦に突入していく。

小名浜生まれの筆者にとっても、カツオはなんとしても食べたい、いや、必ず数回は食べなければならない「必食魚」だ。小名浜港にカツオが水揚げされるという情報が入るやいなや、すぐに馴染みの鮮魚店に連絡し、カツオの刺身を予約しておく。他県の港に水揚げされたカツオももちろんうまいけれど、やっぱり地元に水揚げされたものは、鮮度も味も感慨も格別だ。冷たいビールと共に流し込むカツオのうまさ、あらためてここで紹介するまでもないだろう。

カツオの火山(ひやま)とは

いわき市において、カツオのもっともメジャーな食べ方は「刺身」だが、この数年、夏になるとひときわ脚光を浴びるようになった食べ方がある。それが「カツオ火山(ひやま)」。「かざん」ではなく「ひやま」と呼ぶ。一言で言えば「タタキ」であり、ところによっては「藁焼きカツオ」とも呼ばれるが、とりわけいわきでは「火山」とも呼ばれ、提供する鮮魚店や飲食店が増えていることも手伝ってか、近年、じわじわと定着してきている。そこで今回、私たちは、地域の鮮魚店や加工業者に伝わってきた「ウオメシ文化」を辿り、それを広めることを目的に、店舗に取材を行った。

カツオ火山を20年近く前から名物として販売しているのが、いわき市北部の港町、四倉の老舗鮮魚店「大川魚店」である。カツオが水揚げされる時期になると、水揚げに合わせて定期的に店頭で火山をつくり、冷凍はせず冷蔵のまま全国各地に出荷している。もちろん大川魚店以外にも、市内各地の鮮魚店などでも、注文があれば自前で藁を焼いて火山をつくるという店は少なくない。

いわきのカツオ火山 イメージ02藁焼きカツオ火山を商品として提供している大川魚店

取材候補があちこちに広がりを見せるなか、リサーチ段階で、大川魚店の大川社長から「近く火山を調理する予定がある」という話を聞いた私たちは、カツオの水揚げシーズンがひと段落する9月のある日、お店のある四倉へと向かった。

軽く挨拶を済ませると、大川魚店の社長、大川勝正さんがさっそく火山の実演をしてくれることになった。まず、大ぶりの生カツオを3枚におろし、半身を背と腹に手際よく切り分けて4本の「サク」にする。そして、その4本のサクを藁を火種にした火柱に焚べて、身の外側を炙り焼きしていく。豪快極まりない!

いわきのカツオ火山 イメージ03山の形に燃え上がる炎の中に、カツオのサクを突っ込んで焼いていく

「藁を焼いて、その火柱の中にカツオを突っ込むから火山という名前になったみたいです。カツオの刺身は足が早いんですけど、周りを焼くと保存がきくんですよ。子どものころ、カツオの色が少し抜けてくると、じいちゃんが『火山にかけろ』ってよく言ってましたね。赤い刺身と火山と2種類あるのがうちの食卓だったんです」

大川さんは、そんな話をしながら火の勢いを見極め、カツオのサクを火山にかけた。パチパチっと藁が焼けていく音と共に、カツオの赤い身があっという間に茶色に焼けていく。炎の下のほうからは、黄色の煙も一緒に噴き上がってきた。

「炎だけじゃなくて、この煙にカツオを入れる感覚で焼くのがポイントです。煙で燻すことで、旨みが閉じ込められて、燻製のような香りがわずかに残るんです」

パチパチっと音を立てて燃え上がる火の形は、まさに山。「火山」の呼び名の由来は諸説あり、藁焼きにする火が「山」の形になっていることから「火山」と呼ぶようになったという説が有力であるようだ。ちなみに、カツオ節の焙煎方法に「手火山(てびやま)式」という手法があり、カツオ節製造ではカマドのことを「火山(ひやま)」と呼んでいる。

いわきのカツオ火山 イメージ04この煙もまた、商品の保存期間を延ばし、旨みを凝縮させている

いわき市内では、大川魚展のある四倉や、少し南に入った江名などの港町でカツオ節の製造が盛んに行われていた時代がある。これはあくまで筆者の仮説だが、カツオ節などカツオの加工品を製造する水産業者の間では、「火山」という言葉が当たり前に使われていたのではないか。それで、カツオを火で炙ることを「火山にかける」というようになった。そんな想像もできる。

時間にして7、8分ほど。意外にもしっかりと火を入れたあと、カツオを火山から抜き出し、氷水に浸けて一気に冷やしていく。これによって身がぎゅっと締まり、さらに旨みが閉じ込められていくのだ。手間がかかる。だが、それを惜しまない。丁寧に、そしてどこか楽しそうに調理をしていく大川さんは、熟練の職人のようでありながら、どこか少年のようでもあった。

調理場に戻った大川さんは、手際よくカツオを切っていく。先ほどは火山にかける時間が長いように感じられたが、切ってみると色鮮やかな赤味が映える。外側2ミリほどは火が通った状態だが、中は完全に生の状態であり、見るからにうまそうだ。そして、大川さんはそんな火山を惜しげもなくぶ厚くカットしていく。おすすめの食べ方は、たっぷりの薬味とともに醤油やポン酢で食べること。そんな話を聞いているだけで、食欲を我慢できなくなってしまう。

いわきのカツオ火山 イメージ05周囲にだけ火が入り、中はしっとりと生のまま。絶妙な火入れ

大川家で日常的に食べられていた火山を商品化したのは2006年ごろ。夏の時期になにか名物になるような商品をつくりたいと考えた大川さんが、できたての火山を夏のギフトとして販売してみたところ、瞬く間に人気商品となり、大川魚店の夏の時期に欠かせない商品となった。特に地元いわきの人たちが遠方の親戚などに送るギフトとして喜ばれているそうだ。

2011年の東日本大震災、2020年のコロナ禍と、相次ぐ災難で甚大な被害を受けながら、カツオ火山は大川魚店の夏の看板商品であり続けている。大川さんにとってカツオとはどのような魚なのかと質問してみると、大川さんは「魚の中でもいちばん好きな商品です」とキッパリ断言し、「夏の売り込みの時期になると、つい一生懸命売ってしまうんですよね」と苦笑いする。

いわきのカツオ火山 イメージ06薬味をたっぷりと使うのが大川流。箸が止まらなくなる
カツオ食うなら火山か生か

カツオの火山に関してあれやこれやと話を聞いていると、大川さんは、ひとつ気になることを話してくれた。いわき市の中でも、火山を食べる・購入する客の多くは、市北部の平地区、四倉地区周辺の住民で、漁港のある市南部の小名浜地区や、大川魚店の別店舗がある泉地区などでは、火山はあまり食されていないというのだ。つまり「北は火山、南は刺身」。大川魚店の泉店では、以前は火山を販売していた時期もあったそうだが、いまはほとんど販売していないという。

大川さんはこの「南北差」ついて、「小名浜の人たちは港にも近いし、赤い刺身を好んで食べるから、火山を食べたいとはそう思わないのかもしれません」としたうえで、「カツオにはいろんな食べ方がありますよね。市内でも違うし、家庭料理も多いですから、それこそ家ごとに味つけが違うでしょう。そういう地域性、地域差もいわきらしいと思います」と語った。

いわきのカツオ火山 イメージ07カツオについて語る大川社長は笑顔を絶やすことがない

火山の会計を済ませた私たちは、大川さんの話を確かめるべく、いわき市南部、大川魚店泉店に向かい、実際のところどうなのか、本当に泉や小名浜では火山は売れていないのか、疋田恵子店長に話を伺ってみた。疋田店長、偶然にも、ちょうど夕方の時間帯の買い物客のために、カツオの刺身を陳列しているところであった。

いわきのカツオ火山 イメージ08

「たしかに、泉店では火山についての問い合わせをもらうことはほとんどないですね。小名浜や泉の皆さんは、カツオといえば赤い刺身。しょうがやニンニクといった薬味をたっぷりとつけて召し上がる方が多いですね」と疋田店長は答える。

店長はカツオを食べるならなにが好きですか? と聞くと、我々が火山の取材で来ているのを知っているにも関わらず、疋田店長はニッコリして「赤い刺身とニンニク醤油、ですね」と答えた。カツオをどう食うか。火山か、生か。薬味はニンニクか、生姜か、わさびか。人によって異なり、それぞれにこだわりもある。そういうこだわりのスイッチを入れてしまうなにかが、カツオにはある。いわきの人たちは、それだけカツオを食してきたということだ。

いわきのカツオ火山 イメージ09脂の乗った小名浜の戻りガツオ

小名浜出身の筆者にとっては、カツオといえば生の刺身だった。正直、タタキと聞いても「加工品」のイメージがあり、馴染みもなかった。だが今回、大川さんの話を聞き、大川家で食されていた火山の光景が思い浮かび、イメージが変わった。火山には、炎と煙の力でカツオの旨さを膨らませ、かつ長持ちさせる先人たちの知恵だけでなく、四倉という港町を盛り上げたい、自分たちの味でたくさんの人に喜んでもらいたいという大川さんの魚屋として誇りが隠されていたのだ。

カツオ食うなら焼き浸しか、揚げ浸しか

大川さんのところで買い込んだのは火山だけではなかった。じつはカツオのサクを2本ほど購入していた。うちの母親にカツオの料理をつくってもらうためだ。いきなり手ぶらで実家に帰り、「料理つくって!」と頼むのは気が引けるから、先ほど購入した火山をお土産にする。カツオが大好きなうちの母が断るはずがない。大川家の火山の次は、我が家のカツオ料理を紹介しよう。

生のカツオをいただいたり、刺身が余ったりしたとき、うちの母親がよく調理するのがカツオの「焼き浸し」と「揚げ浸し」である。どちらも「浸す」のが特徴だ。焼き浸しは、いったん魚焼きグリルなどで切り身をこんがりと焼き、生姜醤油などに浸したもの。揚げ浸しは、衣をつけて揚げたものを、醤油ベースのタレに浸したものだ、と紹介できるが、家庭によって調理法も味付けも微妙に異なるので、これは「筆者の家の味」ということになる。

いわきのカツオ火山 イメージ10火山と物々交換して、母にカツオ料理を作ってもらうことに

そして、この「2大カツオ浸し料理」は、いわき市民に愛されているがゆえに、常に論争を巻き起こす。カツオ食うなら、焼き浸しか、揚げ浸しか。

焼き浸しの魅力は、噛むほどに感じられる旨みだろう。カツオは長距離を泳ぐ回遊魚であり、体のほとんどが筋肉で構成されている。このため火を通すと堅くなる魚として知られている。魚編に「堅い」と書いて「鰹」。文字通り「堅い」のだ。だが、堅い魚だからこそ、私たちに噛むことを強いる。そして、カツオは「カツオ節」の原料でもあるわけだから、当然、旨みが強い。つまり、焼き浸しは噛むほどにうまい。少ししょっぱくして、白めしと食うのがいい。弁当などには最高だ。

対する揚げ浸しは、我が家の場合は、茄子やピーマンなど夏野菜と共に揚げられて、たっぷりの大根おろしと、ひたひたの「つゆ」と共に提供される。おつまみというよりは一品料理で、出来立てアツアツのものをハフハフしながら食う。冷蔵庫で冷やして次の日に食べるのもいい。絶妙に味が染みているのだ。家庭によっては、漬け汁に酢を入れて南蛮漬けっぽく仕上げる人もいる。これなら数日は持つはずだ。

いわきのカツオ火山 イメージ11噛むほどに味が染み出る焼き浸し
いわきのカツオ火山 イメージ12野菜と共にいただく揚げ浸しは、筆者にとっての「おふくろの味」

カツオがたくさん水揚げされていた時代。カツオは今のように小さなパックで販売されていたわけではない。サクで、半身で、あるいは「丸(1尾丸ごと)」のまま買うものだった。だから自分の家で食べられないものは「お裾分け」されるし、刺身で食べた後は、保存が効くように、煮付けにしたり、焼いて(揚げて)食べたり、さらにそれをしょっぱくして漬けておいたりしたわけだ。「ウオメシ」とは、漁業資源の豊かさの象徴であり、魚を大切に食べていた先人たちの暮らしの知恵が作り出すものなのだろう。

そして、「ウオメシ」は、家庭の中で伝承され、さまざまな出会いを節目としながら独自に進化していくものでもある。うちの母親は、いわきの湯本の生まれだが、会津出身の祖母から料理の基礎を学んだ。だから味付けのどこかに、きっと会津の味も混ざっている。母の手つきは手慣れたもので、30分もしないうちに、二つの「カツオ浸し料理」が出来上がった。先ほど購入した火山と物物交換でありがたく頂戴し、その日の夜、家族みんなで食べた。母がつくってくれた焼き浸しや揚げ浸しを、私の娘も食べる。ふるさとのウオメシは、そうして次の世代にも伝えられていく。

いわきのカツオ火山 イメージ13時を超えて受け継がれる、ふるさとのウオメシ

たらふくカツオを食べ、母ちゃん、大川さん、ごちそうさまでした、と心の中でつぶやいた。ウオメシとは、「ごちそうさま」という幸せな「ゴール」をもたらすものであると同時に、ふるさとの暮らしの営みを知る「スタートライン」に私たちを立たせてくれる。ここからどんな味を楽しむことができるだろう。どんな風景が見られるだろう。ウオメシが私たちに見せてくれる風景が、今からとても楽しみだ。