近年、日本酒は製法の飛躍的な進化と高級志向の高まりによりブームが巻き起こり、国外への輸出も盛んに行われています。その多くは、キリリとした辛口の冷酒で、老若男女に親しまれるようになりました。一方で、それとは一線を画す手法で日本の酒文化を世界に発信する挑戦が始まっています。その手法とは、「お燗」、つまり熱燗です。

東京・目黒区池尻。著名人が通う隠れ家的な飲食店が多いこの激戦区で、福島の魅力を発信し続ける店が注目を集めています。日本酒と料理を"一品一酒"のペアリングで提供するコース料理が特徴の「髙崎のおかん」。店名の通り、日本酒は冷酒ではなく燗にこだわり、一品料理に合わせて銘柄や温度を調整することで、最適なペアリングを楽しむ独創的なメニュー構成は"熱燗劇場"とも評されます。提供される食材のほとんどは、農薬や化学肥料を使わずに自然農法で育てられたもの。こだわり抜いた感動体験を求める客が多く、予約が困難なほどの人気を誇ります。

店主の髙崎丈（たかさき じょう）さんは、福島第一原子力発電所が立地する双葉町の出身。原発事故で故郷を追われ避難生活の中で開いたこの店を拠点に、故郷・双葉町の再生を目指した取り組みを進めています。髙崎さんは「復興とは町を元の姿に戻すことではなく、新しいものを生み出して未来を創ること」と話します。髙崎さんが描く未来像とは？

髙崎丈さんが「髙崎のおかん」を開いたのは2022年。モダンなオープンキッチンスタイルの店内では、シェフとして調理場に立つ髙崎さんと会話することも可能で、日本酒を目の前で湯せんして燗付けする様子は、他の店では見ることのできない光景です。料理に合わせて、最適な温度で提供される日本酒の味は「髙崎マジック」とも呼ばれ、食通や日本酒愛好家を唸らせます。

「飲食サービスでは、お客様に感動体験を提供することが必須になる。エンターテインメントとしてもっと特化していかなければならない。」

そう語る髙崎さんは、熱燗文化を日本独自のカルチャーとして世界に発信しようと様々な取り組みを進めています。

福島の日本酒を海外へ発信する本を発行するため、髙崎さんは郡山市の酒蔵「仁井田本家」を取材に訪れていました。1711年創業のこの酒蔵は、自然環境に負荷をかけない酒造りが徹底され、そのこだわりは代表銘柄の「にいだしぜんしゅ」という名前にも表れています。農薬や化学肥料を一切使わずに酒米を栽培し、田園風景を未来へつなぐことに力を入れているのです。

髙崎さんは、そうした蔵元のこだわりを丹念に取材し、カメラマンとともに記録していきます。この日は新酒の仕込みが最盛期を迎え、酒蔵には麹の甘い香りが漂っていました。杜氏を務める仁井田穏彦社長は「髙崎さんが美味しいと言えば、今年の出来は良いと自信を持てる」と話します。仁井田社長にとって髙崎さんは、顧客という関係を超えたパートナーで絶対の信頼を置いています。

仁井田本家　十八代目　仁井田穏彦さん
「最近の日本酒は冷たくして飲むことがブームとなっているが、丈さんが燗酒の魅力を発信してくれることで日本酒の多様性が広がっています。日本食だけではなくフレンチやイタリアンとのペアリングができるなど、日本酒の魅力を多くの人に知ってもらえるのは嬉しい。」

燗酒の魅力を発信することで、新たなペアリングの可能性を広げる--髙崎さんの取り組みに、仁井田社長も大きな期待を寄せています。

髙崎さんは毎月のように双葉町へ戻り、自然農法による野菜作りをしています。それは、お店で提供する料理の食材調達だけが目的ではありません。

「かつて原発事故があった町で自然農法による野菜作りに成功すれば世界からも注目される。その畑にアート作品を置いて、それを見に双葉町を訪れる人が増えてくれれば町の活性化につながると思っています。双葉町で自然農法が新たなカルチャーとして育つかもしれない。」

放射性物質を取り除くために除染された畑は栄養価が失われてしまいましたが、その分、残留農薬などもリセットされました。髙崎さんは畑に東京のお店で出た卵の殻や米ぬかをまき、土壌改良を進めていました。その卵の殻や米ぬかも、元々は農薬や化学肥料を使わずに自然農法で育てて収穫したものの残りです。畑にはニンジンやタマネギの種をばらまき、どのような状態で野菜が育っていくのか、実験的な試みを進めていました。

自然農法の野菜は通常の4～5倍の価格になりますが、髙崎さんは「提供の仕方によって価値を高めれば対価がついてくる確信がある」と話します。原発事故で町の全域が避難区域となった双葉町。2022年に避難指示は解除されましたが、農業の復興は課題が山積しています。そうした中で、元通りの農業を再開するのではなく、これまでになかった自然農法による野菜が町の新たなカルチャーになるかもしれない。それは"復興とは町を元の姿に戻すことではなく、新しいものを生み出して未来を創ること"との思いにもつながっています。

髙崎さんの実家はJR双葉駅前にあります。原発事故で一時は人が住むことができなくなっていましたが、現在は多くの人が集う場所となっています。住居の2階部分は芸術家やその卵たちが創作活動を行うために滞在する「アーティスト・イン・レジデンス」として提供されています。

東京芸術大学大学院美術研究科の菊池晴さんは、授業のある日は大学に通い、授業が休みの日にはここに来て創作活動に励んでいます。この日は、髙崎さんの畑に設置する予定のアート作品の仕上げ作業を行っていました。

さらに、この日の夜には30人を超える人たちが集まり、日本酒を酌み交わしながら地域の人たちと親睦を深めるイベントが開かれていました。主催したのは、震災後に南相馬市へ移住し、酒造りを始めた佐藤太亮さんです。佐藤さんは「酒造りをもっと自由に」という理念のもと、2021年にクラフトサケ醸造所「haccoba」を立ち上げ、アートやファッションなど様々なカルチャーと融合した酒造りを展開しています。髙崎さんは、その「haccoba」の酒を東京のお店で提供していて、この日は"お燗番"としてイベントの参加者たちに熱燗を振舞っていました。

haccoba代表 佐藤太亮さん
「丈さんの手にかかれば、どんな酒でも魔法のように美味しくなる。丈さんがプロデュースする熱燗は世界でも高く評価されているので、丈さんのワールドワイドな活躍についていくことで、自分たちのような駆け出しの酒蔵もグローバルに認知されていく実感があります」

髙崎さんと佐藤さんは、2025年2月にアメリカにあるクラフトビールの聖地＝ポートランドで開催されるイベントに日本を代表する"酒の伝道師"として招かれていて、日本の酒文化を伝えることになっています。飲食店経営者や料理人といった枠にとどまらず、自らがクリエイターとなり"新たなまちを創るためのグランドデザイン"を描こうとする髙崎さんは、こう話します。

「過去は自分の手で変えられると思っています。原発事故があって、多くの人がいなくなった。このままでは悲しい過去のまま終わってしまう。新しい循環を生み出し、新しい価値が生まれれば、過去も未来も変わる」

熱燗と自然農法が生み出す酒と食の感動体験をプロデュースすることから始まり、被災地に集う人と人をつなぐ場所を作り、地域に循環を生み出す。そして、日本文化の魅力を世界にも発信していく。新たなカルチャーを作るために奔走する髙崎さんは、まさにアーティストといえます。

＜☑YouTube動画はコチラ＞

＜「髙崎のおかん」Instagram＞
https://www.instagram.com/takasakinookan/

シリーズ企画「アートレック」
タイトルの「アートレック」はアート(芸術)、アトレ(魅力)、トレック(旅)、レック(記録)を組み合わせた造語です。アーティストたちが被災地を訪れその魅力を記録していく活動や思いをYouTube動画・WEB記事・テレビ番組で伝えていきます。

企画：ジェイアール東日本企画
協力：経済産業省芸術文化推進室
製作著作：福島中央テレビ