みなさんは、野外上映会に行ったことがあるでしょうか。

満天の星空の下、大自然の中で、みんなで一緒に映画を楽しむ。最近は、そんなひと味違った映画の楽しみ方も人気だそうですが、福島の被災地では、その野外上映会を「コミュニティの再生」という復興の力に変えるプロジェクトが始まっています。浪江町を中心に上映会が次々と開かれ、津波被害から復興した漁港にスクリーンが設置されることもありました。今回のアートレックでは、そんなプロジェクトをたった一人で立ち上げた女性を紹介します。

「なみえコミュニティシネマ実行委員会」の代表・東あすかさん。浪江町を中心に映画上映会のプロジェクトを進めています。東さんの出身は郡山市ですが、高校時代は富岡町にあるサッカー名門校「富岡高校」に通い、浜通りにはもともと縁がありました。2011年の震災当時は、山梨県で大学生活を送っていましたが、なぜ、浪江町に移住し、こうした活動をしているのでしょうか。

「3年間過ごした富岡町が原発事故で全町避難を余儀なくされ、震災当時は大学生ということもあり、福島のために何もできず、無力感を感じていました。友人の中には、漁師のお父さんを亡くした人もいました。大学時代は故郷のために何もできませんでしたが、大学院を修了した後は福島に戻ろうと決めて、福島に戻ってきました。」

震災から9年が過ぎた2020年、東さんは福島に戻り、被災地の復興に携わりたいと浪江町のまちづくり会社で働くことになりました。当時は避難指示の解除も徐々に進み、学校や病院なども再開していました。しかし、帰還した住民はまだ少なく、新しい住民が暮らし始める中で、コミュニティの再生が大きな課題となっていました。人々が集い、かつてのような賑わいを取り戻したい。そう考えたとき、東さんの頭に浮かんだのは、自身が大好きな「映画」でした。

「普段、私も映画を見るために、1時間半かけて車で福島市まで行っています。映画は作品によっては、小さな子どもからお年寄りまで同じ時間を共有し、感動を分かち合える。もしかしたら映画を通じてコミュニティ再生に貢献できるのでは、と思ったのが活動を始めるきっかけでした。」

そして2021年10月、東さんは町内の道の駅で初めての野外上映会「ピクニックシネマ」を開催しました。芝生の上でピクニック気分を味わいながら映画を鑑賞するこの企画には、なんと100人もの人が集まりました。上映会は、帰還した住民と避難を続ける人が再会する場となり、また町外から訪れた人にとっては、復興に関心を持つきっかけにもなりました。さまざまな手続きを経て、決して簡単ではなかった開催。しかし、初めての上映会で東さんは……。

「上映がスタートした瞬間、涙が出ました。初めての試みだったこともあり、大変なことがたくさんありましたが、避難を続けられている方もイベントがあることで再会の機会になり、実際に浪江に来たことがない人も映画のイベントをきっかけに、この町にきて現状を知ってもらうような、復興に関心を寄せるきっかけになっていると感じました。」

それから、さまざまな映画を上映してきた東さん。昨年は、浪江町の請戸（うけど）漁港で「すずめの戸締まり」を上映しました。震災を連想させる内容を含むこの映画。上映を決めるまでには、さまざま思いを巡らせたといいます。

「上映作品は、できれば復興や震災に直接関わるものは避けようと考えていました。ただ、『すずめの戸締まり』を映画館で観たとき、涙が止まりませんでした。それは新海誠監督の被災地への思いが、作品を通して強く伝わってきたからです。『すずめの戸締まり』は震災を扱いながらも、しっかりと前を向ける作品。被災地に思いを寄せる作品でした。批判の声もあるかもしれないと思いましたが、私にとってもチャレンジの意味を込めて、上映することを決めました。」

2021年にたった一人で始まったプロジェクト。今では、実行委員会のメンバーも増えつつあります。そうした中でも東さんがこだわるのは、「手作り感」です。

「一番始めは自分で申請を出したり、キッチンカーを呼んだりするところとかやっていましたが、少しずつ仲間も増えてきました。道の駅で開いた1回目の上映会に来た方が、今では実行委員会のメンバーの一人になっています。東京からもお手伝いに来てくれる人がいて、『楽しい』と言ってもらえるのがとても嬉しい。この"手作り感"を大切にしながら、少しずつ浜通りで活動するプレーヤーを増やしていきたいと思っています。」

震災、原発事故後、一時は全町避難となり、人口がゼロになった浪江町。今では避難指示の解除も進み、住民の帰還も少しずつ始まっています。それにあわせるように町にはさまざまな建物が整備されています。しかし、東さんはそこに疑問を感じていました。

「復興というと、どうしても『箱もの』（建物やインフラ）が増えていくイメージがあります。でも、コミュニティは箱を作るだけでは生まれません。イベントを通じて人とのつながりを増やしていく。それが生きがいや達成感につながり、そこからまた新しい活動が生まれる。そうした連鎖こそが、アートや映画の力だと思っています。私もこの連鎖が途絶えないように、継続していくことが大切だと感じています。」

東さんは昨年、浪江町以外では初めて、高校時代を過ごした富岡町で野外上映会を開催しました。ゆくゆくは、浜通り各地で野外上映会を開催することを目指して活動を続けています。

「福島の被災地には映画だけではなく、アートプロジェクトで活躍している方が多くいます。そうした方々と連携しながら、さらにプレーヤーを少しずつ増やしていきたいと考えています。外からきていただく方はもちろん、この地域に住んでいる方から少しずつプレーヤーが増えていくといいなと思います。そこを目指しながら、これからも頑張っていきたいです。」

＜☑YouTube動画はコチラ＞

＜「なみえコミュニティシネマ」HP＞
https://namiecinema.com/

シリーズ企画「アートレック」
タイトルの「アートレック」はアート(芸術)、アトレ(魅力)、トレック(旅)、レック(記録)を組み合わせた造語です。アーティストたちが被災地を訪れその魅力を記録していく活動や思いをYouTube動画・WEB記事・テレビ番組で伝えていきます。

企画：ジェイアール東日本企画
協力：経済産業省芸術文化推進室
製作著作：福島中央テレビ