■今、ジャパニーズウイスキーが熱い！

2023年に100周年を迎えたジャパニーズウイスキー。その繊細でバランスの良い味から国内外で爆発的な人気を誇っています。海外で需要が増加する一方で、供給量がその需要に追いついておらず、多くの日本産ウイスキーの希少価値が高まり「ジャパニーズウイスキーバブル」とも称されるほどです。
福島県郡山市にある「笹の川酒造」。日本酒造りで歴史ある酒蔵でありながら、東北最古の地ウイスキー製造所「安積蒸溜所」としての一面も持ちます。蒸溜所にはたくさんの樽が並び、その空間は焼き立てのトーストのような芳醇な香りでおおわれています。

■戦後の逆境から始まったウイスキーづくり

「安積蒸溜所」の歴史は1946年（昭和21年）に笹の川酒造の前身である「山桜酒造」がウイスキー製造免許を取得したことに始まります。
第二次世界大戦後、日本は深刻なコメ不足に陥りました。その影響はコメを主な原料とする日本酒にも及び、山桜酒造（現：笹の川酒造）でも日本酒の製造が厳しい状況が続きました。そうした逆境の中で、当時の蔵元が「日本にもウイスキーの時代が来るのではないか？」という考えを巡らせ、ウイスキーの製造に乗り出しました。

戦後の混乱を経て日本が高度経済成長期に突入すると、その予言通り、ウイスキーの時代がやってきました。笹の川酒造でも福島県に駐留するアメリカ兵をターゲットにした地ウイスキー「チェリーウイスキー」の製造を開始。「北のチェリー、東の東亜、西のマルス」と呼ばれ、昭和の日本のウイスキー文化を象徴する存在となりました。第一次地ウイスキーブームの到来で、笹の川酒造がブームをけん引しました。（※笹の川酒造と山桜酒造は平成10年に合併し、笹の川酒造として存続）

■ウイスキーブームの終焉と再起

高度経済成長とともに消費量が伸びたウイスキー市場も、１９８９年の酒税法改正によるウイスキー市場の崩壊をきっかけに、地ウイスキーメーカーは次々に生産停止や廃業に追い込まれてしまいます。笹の川酒造もウイスキーの生産を一時停止せざるを得なくなりました。そして、それまでにウイスキーを詰めた熟成樽は蔵の奥で長い眠りにつくことになったのです。

時を同じくして、“東の東亜”と称された埼玉県にある東亜酒造も時代の変化に逆らえず、経営難から蒸溜所の閉鎖を余儀なくされました。蒸溜所は取り壊されることになり、熟成されていたウイスキーの樽も処分することになりました。そこで笹の川酒造は当時の東亜酒造の社長、肥土伊知郎氏（現ベンチャーウイスキー社長）からウイスキー原酒の引き取りを依頼されました。笹の川酒造の１０代目山口哲蔵社長は「東亜酒造のウイスキーの原酒が処分されることは、酒類業界にとって大きな損失になる。笹の川酒造で樽を預かろう。」と、東亜酒造の原酒の保管を引き受けることになったのです。山口社長はこのとき「ウイスキーは長い年月をかけて製造するお酒。東亜酒造のウイスキーの原酒を廃棄してしまったら、今後そのウイスキーを飲めない人が大勢出てしまう。それはダメだ。」と思ったそうです。このときの山口社長の英断が、現代でカルト的な人気を博すベンチャーウイスキー「イチローズモルト」を誕生させる大きなきっかけとなったのです。

■「安積蒸溜所」始動

長い間、苦境を強いられた日本のウイスキー。2010年代に入ると数々のウイスキーが国際的な賞を受賞し、日本のウイスキーが再び注目を集めることになります。その流れを受け、笹の川酒造でも長い間、蔵で眠っていたウイスキーが静かな眠りから目を覚まします。

創業250周年という節目の年を迎えた２０１５年、笹の川酒造はウイスキー製造の再開を決心します。2016年には笹の川酒造のウイスキー製造を応援する人々からの支援を受け、「安積蒸溜所」を設立。そこには、蒸溜所が閉鎖に追い込まれたライバル会社の原酒をも守り、ウイスキー文化の継承に力を注いできた山口社長の並々ならぬ思いがありました。本格的なウイスキー製造が始まった新たな蒸溜所は、白い漆喰の外観が特徴で施設内には三宅製作所製のポットスチルやマッシュタンなどの設備が整備されました。ここから、新たな歴史が始まることになります。

■笹の川酒造のウイスキー、世界へ

今、笹の川酒造が手掛けるワールドブレンデッドウイスキー「安積蒸溜所＆４」が国内外のコンペで連続金賞の快挙を成し遂げています。「安積蒸溜所＆４」は安積蒸溜所の原酒をキーモルトとして、スコットランド、アイルランド、アメリカ、カナダの世界５大ウイスキー生産地の４か所の代表的なウイスキー原酒とブレンドしました。

生産されるウイスキーの香りや味を維持するために、その５種類のウイスキー原酒をブレンドする工程はとても繊細なものです。約１万リットルが入る巨大な樽に、最適な量を測りながら５種類のウイスキー原酒をブレンドしていきますが、１回で生産できるのは約２０００リットル（瓶３０００本）ほど。その後、再び同じ比率で2000リットルを継ぎ足し、最低１か月は熟成させなければなりません。熟成させることで味がなじみ、元の原酒と新しい原酒を混ぜることで変わらない味のウイスキーを造ることができるのです。

こうした努力が実り、2024年４月には、フランス・パリで行われた女性だけが審査員となる国際的なコンペティション「フェミナリーズ世界ワインコンクール2024」で日本産蒸留酒の中でトップとなる「TOP OF THE BEST」を受賞しました。さらに、5月には「東京ウイスキー＆スピリッツコンペティション2024」でも3部門で賞を受賞するなど快進撃が止まりません。７月末には、東京の明治記念館で表彰式が行われ、山口社長と山口敏子常務が出席しました。
アジア圏で活躍しているウイスキーメーカーが一堂に会するコンペティションで賞を受賞できたのは、笹の川酒造の「ブレンド力」が評価されたからです。この「ブレンド力」は日本酒の製造で培われた技術力が関係しているのではないかと山口社長は話します。複雑な製造過程を持つ日本酒を作る技術が、ウイスキー製造にも生かされているのです。

■山口社長の目指すウイスキー哲学

「ブレンドすることで手軽に飲んでほしい。」と語る山口社長。その言葉には、ジャパニーズウイスキーが世界から評価される一方、価格が高騰することで限られた消費者にしかウイスキーの良さが伝わらなくなることを心配する思いがあります。

実はワールドブレンデッドウイスキーの「安積蒸溜所＆４」はシングルモルトウイスキーよりも生産量が多く、価格も手に取りやすい傾向があります。安積蒸溜所として希少価値のあるシングルモルトの製造にこだわるだけでなく、消費者が買いやすい価格のウイスキーを市場に送り出すことで、安積蒸溜所の味をたくさんの人に楽しんでもらいたいとの思いです。

「今あるそれぞれのウイスキーを極めながら、時代に合わせ進化していく」
それが山口社長の目指すウイスキーづくりです。

安積蒸溜所の販売所では、ワールドブレンデッドウイスキーの「安積蒸溜所＆４」だけでなく、「安積」シリーズのシングルモルト各種の販売をしているとのこと。世界に認められた高いブレンド力を持つ安積蒸溜所のウイスキーに今後も注目です。

Chu!PRESS編集部　塩生明里