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徳光 雅英
徳光 雅英Masahide Tokumitsu
After a decade 4
 「ぶらカメ」311特別篇、相馬市に取材に伺った話の続きです(3月14日・13日・12日のブログの続きです)。
 その取材先の一つ、齋春商店はお昼時の混雑でその人気ぶりが分かりました。
 
週末はお昼時の混雑が半端じゃない。
週末はお昼時の混雑が半端じゃない。
 1階の食堂にお客さんが入り切れず、大きな損傷を免れた2階の宿泊用の部屋まで客席にしてしまっていました。
 
客室で頂く。海に面した部屋に通された。
客室で頂く。海に面した部屋に通された。
 我々の通された部屋は、海に面した部屋だったので、窓からは松川浦漁港方面が望める展望の良い部屋。混雑していたお陰で、却って得した気分を味わっちゃいました。
 
奥に松川浦が見える。泊まっても朝の眺めは最高だろうなぁ…。
奥に松川浦が見える。泊まっても朝の眺めは最高だろうなぁ…。
 私が頂いたのは、2500円の刺身定食♪
 海老・ウニ・貝・大トロ・鯛・のどぐろ・シラウオなどのラインアップです。
 
刺身定食。大トロ付きです。
刺身定食。大トロ付きです。
 まずは大トロから。醤油につけると、ふわっと脂が広がります。…おおおっ!口の中で脂が溶けます。まさに大トロの醍醐味ですねぇ。


 そして鯛は…甘~い。醤油の香りとともに、美味しさが口の中に広がります。
 
マグロ・ウニ・ホタテ等…。見ていると、美味しさを思い出す。
マグロ・ウニ・ホタテ等…。見ていると、美味しさを思い出す。
 のどぐろも…。鯛よりも歯応えがあり、噛むごとにのどぐろの旨味が出て来ます。爽やかな香りも佳いですね。
 シラウオは、先日の浪江で見た(3月3日放送分のブログをどうぞ)のよりやや小ぶりながら、ちょこんと乗っかったおろし生姜とシラウオの甘みが相まって、最後に生のシラウオならではの苦さが余韻として残ります。
 
鯛やシラウオ等も…。バラエティ豊かな定食だ。
鯛やシラウオ等も…。バラエティ豊かな定食だ。
 相馬の海苔や、大きなあさりの入った味噌汁もさすが漁業の町、相馬ならではです。
 運んできてくれた店の人に話を聞くと、
「鉄火丼を運ぶ時、昼営業の終わり頃に(赤身が出尽くしてしまって)たまに大トロがのっている事もあるんですよ。そうすると、『このお客さん、ラッキーだわ』なんて思う事もあるんですよ。」
 
相馬の海苔も…。こりゃ嬉しい。
相馬の海苔も…。こりゃ嬉しい。
 ほかにも廊下にはお勧めメニューが貼りだしてありますが、午後1時を回る頃には売り切れのものも…。この日は2時過ぎまでお客さんが詰め掛けていました。そのお客さんにも、何人かお話を伺いました。

 
午後1時を回る頃には、売り切れが出始めた。
午後1時を回る頃には、売り切れが出始めた。
 山形から福島の友人のところへ来た男性は、この日双葉町の東日本大震災・原子力災害伝承館へ向かうとの事。
「震災から10年の今を見ておきたいと思って来ました。」
 山形県民に福島の今について関心を持ってもらえた事は、一福島県民として嬉しく思いました。
「その前に美味しいものを食べに、ここへ来たんです。」

 
福島の友人に案内してもらい、この後双葉町の「伝承館」へ行くと言う。
福島の友人に案内してもらい、この後双葉町の「伝承館」へ行くと言う。
「徳光さんですよね?」
 ロケ中、南相馬市にお住いの男性から声を掛けて頂きました。10年前の事を尋ねると、
「うちは海沿いではなかったんですが、友人の家は津波に流されたりしました。」
と当時を振り返ります。
 今は仕事先で、PCR検査を受けられる簡易スペース(部屋)も作っているそうです。
「人の役に立てるのは、嬉しいですね。」
と笑顔で語ってくれました。


 
南相馬市在住の男性。コロナ禍に役立つものを仕事で作っている。
南相馬市在住の男性。コロナ禍に役立つものを仕事で作っている。
 齋春商店を後にして町中を歩いていると、道路にはけんけんぱでしょうか、チョークで丸や文字が書いてあります。子ども達が遊んでいたんですね。
 
歩道にはチョークで幾つもの丸が描いてあった。
歩道にはチョークで幾つもの丸が描いてあった。
 さて相馬と言えば、先程の刺身定食にも出てきましたが、海苔の産地でもあります。沿岸部には海苔の店も並んでいます。その内の一軒は、店先で作業をしているところだったので、ちょっとお話を伺いました。
 
海苔店の一つ「船柳海苔店」にお邪魔してみた。
海苔店の一つ「船柳海苔店」にお邪魔してみた。
「昔は黒い海苔も作っていたんだよ。でも段々青のりに変わっていって、震災・津波で水深が浅くなっちゃって、もう黒い海苔はあんまり作れないんじゃないかな。」
 そう語るのは、80代の海苔店のお父さん。
 
店先で海苔の袋詰め作業をしていた。
店先で海苔の袋詰め作業をしていた。
「黒い海苔は、獲れても生産者が自分達で食べる分前後じゃないでしょうか。販売できる量はいまは生産していないと思います。」
と語るのは、息子さんです。
 
地元の旅館等にも、海苔を卸している。
地元の旅館等にも、海苔を卸している。
 また以前相馬では「べっこうのり」と呼ばれる、今の青のりとは別の海苔も生産されていたようで「香りも青のりよりずっと強いんです。」と話していました。ご主人も幼少の頃に食べた記憶があるそうですが、それ以降はこの辺りでは見なくなったそうです。
 
昔は海苔の種類も多かったようだ。
昔は海苔の種類も多かったようだ。
 昔は、相馬の黒海苔は高値で、
「3把(一帖10枚を1把。)で1万円になったから。」
 まだ聖徳太子の一万円札の頃の話。それはそれは高級品だったのですね。
「昔は行商の人がたくさん行き来していて、ここ相馬で海苔や魚を仕入れては、仙台や福島に行って売っていたんだよ。」

 で、袋詰めの作業を終えると、お父さんは奥に消えます。暫くご主人と話をしていると、着替えてどこかへ出掛ける様子。健康の秘訣を伺うと、
 
お元気なお父さん。昔の記憶も明確。
お元気なお父さん。昔の記憶も明確。
「健康の秘訣は、好き嫌いをしない事。私ゃ酒も煙草もやらない…若い頃は別だよ。」
とユーモアを交えて話してくれます。また背筋もぴしっと伸びていますが、グラウンドゴルフをやっていらっしゃるとか。そして帽子もお洒落です。
「やはり幾つになっても色気が無いと。」
 なるほど、お洒落も色気から来るのですね。
「来年は自動車免許を返納するんだ。」
と言い残して、車で用事を済ませに出掛けていきました。いやぁ、お元気ですね。

 
お出かけの前には、お洒落を…。
お出かけの前には、お洒落を…。
「私は震災当時は海岸から離れたところにいたのですが、ここは津波で1階部分が浸かりました。」
 作業を終えたご主人が、10年前を振り返ります。
「この辺りの宿泊施設は鉄骨が入っているので、壁などを直せば使えたのですが、うちは建物に鉄骨が入っていなかったので損傷が酷く、建て直しました。」
 いまは道路より一段高くして、店舗を建てたそうです。
「原発事故も、津波が引き金になっているじゃないですか(注:福島第一原発は、津波で非常用電源を失い、核燃料の冷却が出来なくなって事故を起こした)。やはり津波なんですよ、津波が無ければ復興は相当早かったと思いますよ。」
 
東日本大震災で、店は建て替えたと言う。
東日本大震災で、店は建て替えたと言う。
 震災・原発事故を乗り越えつつある時に、新型コロナウイルスで再び客足が減りました。特に第一波の4月頃は
「本当に閑古鳥が鳴く位、人が通らなかったですよ。」
と振り返ります。
「相馬は一応観光地なので、観光客に来ていただかないと売れ行きも厳しいですね。観光客の数と売れ行きは或る程度比例しますから。新型コロナの影響で、売り上げは半減かそれ以下ですから。」
 
この時期は有明産の海苔を扱っていた。
この時期は有明産の海苔を扱っていた。
 そう話すご主人、最後にこう締め括りました。
「やはり目の前の出来る事を一つ一つやっていくしかないのかな、と思いますね。」

 
一歩ずつでも前に進めれば…。
一歩ずつでも前に進めれば…。
 震災から10年、帰還困難区域、原発の廃炉や処理水処分問題、除染廃棄物の最終処分問題…、原発事故が起こった為に現在進行形の問題が福島県内には残っています。勿論復興が進む地域や日常を取り戻した地域もありますが、最終的な解決を見ていない地域が福島県にある事も事実です。そんな事を全国の人に再認識して頂けたら…そう思った3月11日でした。
 
相馬の海は、この日も美しかった。
相馬の海は、この日も美しかった。
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