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徳光 雅英
徳光 雅英Masahide Tokumitsu
day off
 昨日は休みだったので、以前から行きたかった所に幾つか行ってきました。
 1つ目は、猪苗代町にある「小西食堂」です。ここは『ゴジてれChu!』でも何度か紹介した食堂で、期間限定で取調室風の小芝居の後に名物カツ丼が食べられるサービスを提供した事も取り上げた事があります。その際リポーターの母心の関あつしさんが、ここのカツ丼を「今まで食べたカツ丼の中で一番美味しいかも…」と絶賛していたのを見て、どうしても一度は食べてみたいと思っていました。ただ店が不定休との事だったので、朝9時半に確認の電話をしてみると…
「カツ丼を食べに行きたいんですけど、きょうは営業していますか?」
「営業しますよ。」
「11時からでしたよね?」
「そうです。気を付けてお越しください。」
と優しそうな女性の声が返ってきました。「お待ちしてます」も好いですが、「気を付けてお越しください」も道中を気にかけてくれている感じがして、嬉しいものです。実際郡山から行く場合には、母成(ぼなり)グリーンラインを上がっていきますから、結構山岳ドライブを楽しむ行程です。この日は時折日も差して、木々の緑の中を左に右にハンドルを切りながら進んでいきます。石筵ふれあい牧場も通り過ぎ、峠を越えると、中ノ沢温泉街の中に小西食堂が現れます。昭和12年創業の古い大衆食堂です。中に入ると、水・お茶・コーヒーがセルフサービス(コーヒーは嬉しいですね)。36席あり、11時半少し前に着いたのですが、既に2人のお客さんが、食事が出来るのを待っていました。

ここが行きたかった所の1つ、小西食堂。中ノ沢温泉街にある。
ここが行きたかった所の1つ、小西食堂。中ノ沢温泉街にある。
 私は迷わずカツ丼を注文。暫くすると近くの建設現場などで仕事をされている方でしょうか、体格の良い皆さんが盛りの良い昼食を注文。店ではおなじみの方々のようです。
 暫くして…やってきました、関さん”激推し”のカツ丼です!

これが「カツ丼」950円(税込み)。
これが「カツ丼」950円(税込み)。
 まずは、真ん中の大きめのカツを頂きます。………カツが結構柔らかい。それでいて噛み応えも程よく残り、薄~い衣に、決して濃くない甘じょっぱいたれと卵が絶妙に絡み、カツの旨味がぎゅっと閉じ込められています。このたれの味がまた、しょっぱいと甘いのバランス(プラス旨味??)が最高なのです。確かに小西食堂のカツ丼を関さんが推すのも、よく分かります。本当に美味しいカツ丼を、久しぶりに食べました。その合間のお新香が口の中をさっぱりさせてくれるので、一旦リセット、次のカツもまた新鮮に美味しさを満喫できるのです。これで950円は納得。山道をわざわざ上って食べに行く価値がある一品です。

カツの断面を横から。薄い衣は旨味を閉じ込めるのと、たれの味を絡めるのに徹している。
カツの断面を横から。薄い衣は旨味を閉じ込めるのと、たれの味を絡めるのに徹している。
 因みに小西食堂には、今年のゴールデンウィークの「ふくしまラーメンショー」にも登場した「謎の自販機」(2019年5月2日のブログでも触れました)が置いてあり、その補充や代金の回収の為でしょうか、発案者のたこぼうずマングレードさんもいました。
 小西食堂の4代目とたこぼうずマングレードさんに見送られ、次に向かったのは、行きたかった所の2つ目、『福島復興祈念展 興福寺と会津 徳一がつないだ西と東』です。
 徳一(とくいつ)とは平安時代の僧で、奈良から会津へ来て仏教を広めた人です。磐梯山の見える麓に慧日寺(えにちじ。廃仏毀釈で廃寺となった後復興された恵日寺は、新字体の「恵」を遣って区別される)を開いたほか、会津に多くの寺を造ったとされています。今回徳一が仏教を学んだ奈良の興福寺の所蔵する仏像などと、徳一ゆかりの寺所蔵の仏像などが、会津で一緒に展示されるという、何とも面白い試みが行われているのです。

店内には「謎の自販機」も…。
店内には「謎の自販機」も…。
 興福寺の国宝、四天王立像(広目天・多聞天)に、重要文化財の地蔵菩薩立像等は、美しさの中に威厳があり、また布の柔らかさや肉感の厚み・膨らみ、指など細かい部分の造形等、大変見応えがあります。しかも主だった像は、後ろまで回り込んで360度から見られるのも嬉しい限りです。
 一方の会津の像も、やや素朴さもありつつ、その時代の伝統技術が伝えられている事が分かります。同じ四天王立像(増長天・持国天)で比較できるのも、この展示会ならではです。ただ会津の寺宝は、興福寺のそれと比べると保存状態が厳しいものもあります。それでも残っているからこそ、興福寺と会津徳一ゆかりの寺との「縁」を実感できる訳です。徳一も千年以上後に、興福寺と会津の寺の像が、同じ屋根の下に集まるとは、想像もしなかったでしょうね。
 この展示会は8月18日まで、会津若松市にある県立博物館で開かれ、私が見た展示は今月28日まで、後期30日からは展示替えが行われるという事です(休館する月曜があるので、行く際は要確認です)。


お目当ての2つ目、県立博物館で開かれている『興福寺と会津』展
お目当ての2つ目、県立博物館で開かれている『興福寺と会津』展
 帰りに、去年の24時間テレビの取材でお世話になった会津若松市のパン屋さん『コパン』へ(2018年8月28日のブログで触れています)向かおうと、車に乗って走りだして数分後…大きな雨粒がぼたっ、ぼたっとフロントガラスに落ちてきたと思ったら、いきなりの土砂降りに!あと10分展示会を出るのが遅かったら、駐車場の車に向かうまでにびしょぬれになっていた事でしょう、私にとってはラッキーでした。
 ただ一時的な雨だったようで、コパンに着くころにはだいぶ小降りになっていました。
 コパンで買い物を済ませたあと、小西食堂から博物館へ向かう道の途中に「慧日寺跡」の看板が出ていたのを思い出しました。これも何かの縁、まだ行った事のない慧日寺跡に寄っていく事にしました。

思い立って寄った、史跡 慧日寺跡。復元された中門を望む。
思い立って寄った、史跡 慧日寺跡。復元された中門を望む。
 慧日寺跡は磐梯町(ばんだいまち)にあり、国の史跡にも指定されています。平安の初め、807年に清水寺(後の慧日寺)が出来たと言われ、平安中期には寺僧300人、僧兵数千人、子院3800坊を数えた事もあるそうです(立て看板より)。ただ前述したように明治の廃仏毀釈で寺は無くなります。その後、昭和に史跡となって以降発掘調査が進み、今は中門・金堂が再現され、平成30年には薬師如来坐像が復元されました。こんな立派なものが千年以上前から造られ、戦火などに見舞われては復興を繰り返してきたのですね。

中門の後ろに建つ「金堂」。薬師如来が安置されている。
中門の後ろに建つ「金堂」。薬師如来が安置されている。
 食堂(じきどう)・講堂・仏堂については、建物は復元されていません。礎石の一部が残っているほかは、建物の大きさが分かるよう、地面に建物の外枠を示す金属の板が設置されています。イメージして頭の中で「見る」所ですね。

講堂・食堂跡。一部礎石が残っている。
講堂・食堂跡。一部礎石が残っている。
 近くには江戸時代後期のものと見られる仁王門なども残っていて(移築されている)、中には江戸時代中期の作と見られる仁王像も安置されています(立て看板より)。幸いに雨は殆ど降らず、何とか傘無しで見て回れました♪
 またここに入場した人は、資料館にも入れます。徳一や慧日寺関連の知識を深めるのにもぴったりです。

移築された仁王門。両脇に仁王像も安置されている。
移築された仁王門。両脇に仁王像も安置されている。
 そうそう、博物館の『興福寺と会津』展の半券か前売り券を持っている人は、慧日寺跡の入館料(一般・大学生500円)が100円割引になります…と、ここまでは『興福寺と会津』展のウェブサイトにも紹介されていますが、実はこの特典、もう一つ「選択肢」があります。100円割引か、若しくは割引を無しにして「特製クリアファイルをもらう」、どちらかが選べるのです。しかも受付の人の話だと、特製というだけあって「非売品」との事。確かに販売しているクリアファイルとは別のデザインでした。私は折角なので、特製クリアファイルを選択。資料館でもらえる補足説明のプリントを挟みながら見学出来るので、便利でしたよ。どんなデザインかは、行ってみてのお楽しみ。ここでは紹介しないでおきます。

石段も残されているが、保存のため見るのみ。
石段も残されているが、保存のため見るのみ。
 磐梯町を後にして郡山に帰ってくると、道路には雨の跡が…。郡山も急な雨があったようです。この時期は午後の急な雨がなかなかにひどい降り方をしますから、靴やズボンの裾が濡れて大変ですね。梅雨明けももうすぐ、でしょうか。
 以上、私的な休日の話でした。お付き合いいただき、有難う御座います。
金堂の中の薬師如来坐像。奥では復元の過程が紹介されている。
金堂の中の薬師如来坐像。奥では復元の過程が紹介されている。
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