番組情報 ふくしまの素顔

偉人、有名人、そして人知れず大きなことを成し遂げた人たち。
「ふくしまの素顔」は、福島県にゆかりのある人物の業績と人生にスポットを当てます。

福島競馬場物語〜明治人の情熱が跳ねる〜

No.67 - 2002年12月22日(日) 放送

 平成13年度の福島競馬場の開催日数は、自主開催が24日、場外発売が82日間。年間の総入場者数はおよそ136万人、福島市の総人口の4倍以上が福島競馬場を訪れたことになる。
 この福島競馬場が産声を上げたのは、さかのぼることおよそ85年前、大正7年6月28日のことだった。3日間開催され、総入場者数は10万人余り、売上高5259円だった。この開催に至るまでには、競馬を愛する男たちの情熱があった。
 今回のふくしまの素顔「福島競馬場物語〜明治人の情熱が跳ねる〜」では、そんな人々を魅了してやまない競馬が開催される、福島競馬場の誕生するまでの、波乱に満ちた歴史、そして、誕生に奔走した、男達の情熱を紹介する。


大内宿〜時空を越え守られた宿場〜

No.66 - 2002年10月27日(日) 放送

観光客でにぎわう大内宿

 年間74万人もの観光客が訪れる大内宿。誰しもが秩序よく並んだ茅屋根の美しさに感動を覚えて、時代的な感慨に浸ることができる。
 しかし大内宿にもまた幾多の存亡の危機があった。そしてその危機を乗り越えて現在に至るには、人々の宿場保存に対する熱い想いがあった。
 番組では「重要伝統的建造物群保存地区」として選定されるまでと選定後の苦労など宿場保存までの道程を紹介する。
 午後4時25分からの放送をお楽しみに。


よみがえれ鶴ケ城〜天守閣再建に奔走した人々〜

No.65 - 2002年08月25日(日) 放送

 会津藩のシンボルだった鶴ケ城は、戊辰戦争の敗北とともに、明治7(1874)年に解体された。
 その後、本丸に競輪場があったことに横山市長は慙愧の思いでいた。さらに天守閣の建設は白虎隊など先祖の供養の意味もあり、文化財の散逸を防ぐ博物館の役割を持つと考え再建の話が進められることとなった。
 城跡は、文部省指定の史跡であり、手を加えるには文化庁の許可を必要とした。また、解体直前に撮影された天守閣の写真が、のちの再建計画の際に大きな役割を果たした。残された問題は市始まって以来という巨費をいかに捻出するかであった。
 横山市長は、国からの借金や市民の寄付でまかなうつもりだったが、反対論も根強かった。
「財政が厳しいのに、大いなる無駄遣い」などの声が相次ぎ議会は大荒れとなった。
市民からの寄付を市では、5200万円予定していたが、集められた善意金は7100万円にも及んだ。幾多の困難を切り抜けた陰に、市商工企業部長の荒木義夫たちがいた。
 工事は順調に進み、約1年で終了。昭和40年9月、再建がかなった鶴ケ城の竣工式が行われ市長の万感の思いを込めた言葉が感動となって感情を包んでいった。
 会津のシンボル再建のために奔走した人々の姿を描くふくしまの素顔は、午後4時55分から放送。ご期待ください。


スカイライン物語〜吾妻連峰にクイを打った男たち〜

No.64 - 2002年06月30日(日) 放送

雄大な風景が楽しめる磐梯吾妻スカイライン

 1959(昭和34)年11月に磐梯吾妻スカイラインが開通した。雄大な山岳美を縫う山岳観光道路はやがて「本県観光のドル箱」とまで形容されているが、この裏に隠された現地調査の苦労を知る人は少ない。
 1947(昭和22)年に、逓信省航空局で技師として飛行場の建設に従事していた鈴木三男が県都市計画課に出向してきた。調査は鈴木が責任者となって1952(昭和27)年、各土木事務所などから集められた職員とともに始められた。


本城リポーターと取材を受ける鈴木さん

 県は全国初という山岳有料観光道路の開通を決めており、これを受けたルートの調査が男たちの仕事であった。日が当たる南側斜面を走り、しかもトンネルがないことが条件となった。
 関係者が『最も難航した」と口を揃えるのは、つばくろ谷にかける架橋地点の測量だった。
『天狗の庭』にぺ一スキャンプを置いてテント暮らしの日々。炊事も作業員が担当した。
たまには洗濯物を詰めてヒゲ面で下山。
「娘が怖がった。一端、山に入ると音信は不通。便りがないことが無事な証拠と信じていた』と妻たちは留守の聞の苦労を明かす。
 工事は1953(昭和28)年度から始まり、6年の歳月と総工費4億円という巨費と人カを投じて完成した。コ一スのほとんどが鈴木らの選定に基づいていたという。延長釣29キロ、平均標高1350メートル、コ一スは雄大で変化に富み、山のロマンを充分に味わうことができる。
 番組では、日本有数の山岳観光道路のルート調査をした男たちの苦難の日々とエピソードを紹介する。
午後4時55分からの放送をお楽しみに!


東野辺薫〜紙漉きをみつめた作家〜

No.63 - 2002年02月24日(日) 放送

 東野辺薫(本名・野辺慎一)は1902(明治35)年、二本松市に生まれました。
 安積中学から早稲田大学国漢文科に進み、卒業後県内各地の中学、高校の教壇に立ちました。
 その傍ら創作に精進し昭和18年、戦争という極限状況下の安達郡上川崎の紙漉き農民の哀しさを描いた作品「和紙」で、第18回芥川賞を受賞し、一躍脚光を浴びました。その後も県内に留まり創作活動を続け、1962年(昭和37)年60歳で亡くなるまで後進の指導や地方文芸の発展に力を注ぎました。
 番組では、受賞作「和紙」の世界と彼の文学と生涯に迫ります。
ごご4時55分〜5:25放送です。