風とロックテレビ芋煮会 風とロック芋煮会 箭内道彦 実行委員長インタビュー

福島を舞台に数々の伝説を残してきた音楽イベント「風とロック芋煮会」。
豪華アーティストたちと会場に詰めかけたファンが一体となり、「出演者と観客の距離が最も近い音楽イベント」と言われる。会場には笑顔が溢れ、観客は時には大声で叫び、時にはほろほろと涙を流す。ステージ数やラインナップでは大型ロックフェスと一線を画すが、「芋ロス」という言葉が生まれるなど、年に一度のこの"空間"を共有することがファンの大きな楽しみとなっている。その原点は、大嫌いだけど大好きで一度は背を向けたのに愛しくて、そんな恋人や家族のような故郷に対するコンプレックスだった。

多くの人が犠牲になり、体も心も大きな傷を負った東日本大震災があった2011年の開催では、サンボマスターのボーカル山口隆がステージから語りかけ、そして叫んだ。

「俺たちの故郷が大変なことになってしまった。だからこのフェスを箭内さんがやろうと思ったんだね。西田敏行さんとか福山雅治さんとか長澤まさみさんとかみんなが出てくれた…。君たちの故郷が悲しみにあうのをもう見たくないんだ。だから俺は歌う!世界中に響いてくれ!日本中に響いてくれ!福島に響いてくれ!」

曲が始まると観客、スタッフ、アーティストみんなの涙が止まらなくなっていた。その日の歌は、震災と原発事故により長引いていた憂鬱な日々を吹き飛ばしただけでなく、傷ついた心も癒してくれていた。

「風とロック」を物語る一場面。こうした伝説がこのイベントにはいくつもある。その熱い思いと温かい優しさに溢れた「風とロック芋煮会」は、年々姿を変え、今では東日本大震災の被災地・福島だけでなく、全国にも元気と勇気を届け続けている。

しかし、2020年の今年、新型コロナウイルスの影響で中止に追い込まれた。感染拡大で憂鬱とした今だからこそ「風とロック」の存在意義があるのではないか。

けれど今年は何も届けることもできないのか?

中止に追い込まれながらも、アーティストとファンが一体となる新たな"空間"を作り出そうとする風とロック芋煮会実行委員長のクリエイティブディレクター・箭内道彦氏(福島県郡山市出身)にインタビューを行った。

逆立てた金髪にド派手なジャージが特攻服。原点は福島へのコンプレックス
始まりは2009年の『207万人の天才。風とロックFES福島』

菅澤どんな経緯でフェスが誕生したのか?

箭内福島の人間はみんな遠慮がちでその県民性のせいにして思いを表に出さないというか、会議でも手を挙げて発言する事をしないと県民性を紹介するテレビ番組で紹介される。自分は同じ福島出身の山口隆とのユニット「ままどおるズ」で"福島が嫌い、福島には帰らない"と歌っていた。当時から続けている金髪も特注のジャージもそんな福島人である自分が殻を破って生きていこうとする決意の証。自分同様に福島から出ていったサンボマスターやTHE BACK HORNなどゆかりのミュージシャンたちがどう殻を破ったのかを福島の若い人たちに見せたかった。タイトルも当時の福島県の人口207万人(現在は186万人)それぞれが何かの天才であり、それに気づいて欲しいと。サンボマスター、THE BACK HORN、TOKYO NO.1 SOUL SET、富沢タク、音速ラインら福島ゆかりのミュージシャンに加え、怒髪天らが参加してくれ、以降の風とロックのイベントを支える欠かせない仲間になった。この第1回のフェスは福島県民にこそ見て欲しかったのに来場者の半分以上は県外からと、当初の自分の思いとは異なる部分もあったが、今思えばそういう人たちが震災後の福島を心配し、支え元気づけてくれた人たちとなった。

風とロック芋煮会へ

菅澤2010年には東北の秋の風物詩「芋煮会」に姿を変えた。その理由は?

箭内どんどんチャレンジしていく姿が殻を破っていくことの表現になると思い、同じ場所でやらない、同じテーマでやらない、同じ内容でやらないと決め、自分たちが初めてやることを楽しんでいる姿を福島の若い人たちに見て欲しいと思っていた。この年は「風とロックCAMP」と命名しチケットまで発売を開始したが、怒髪天の清水泰次から福島の文化である芋煮会を使わないのは勿体ないと提案を受けた。自分たちでは生まれながらにして空気のように当然のようにある秋の風物詩だが、北海道出身の清水、福島を思ってくれている怒髪天の目線でそのことに気づかせてくれた。みんなで作る上げる最高のイベントを美味しい芋煮汁に例え、参加者は具であり出演者・スタッフは味噌(福島の芋煮は味噌味)でたっぷりと混じり合って煮込まれようと。そんな楽しい1日を、福島には羨ましいイベントがある、そんな福島の優越感を気付かせてくれたのは先述した県外からの来場者だった。

2011年3月11日 東日本大震災
伝説のフェス「LIVE福島 風とロックSUPER野馬追」

2011年9月14―19日、福島県内を奥会津、会津若松、猪苗代、郡山、相馬、いわきと6日連続で西から東へ場所を変えながら6日連続で開催。(出演:サンボマスター、THE BACK HORN、TOKYO No.1 SOUL SET、高橋優、福山雅治、長澤まさみ、斉藤和義、BEGIN、キヨサク、西田敏行、レキシ and more)

菅澤「風とロックCAMP改メ風とロック芋煮会」で次はどんな手を打つのかと思っている矢先に震災、原発事故によりイベントの趣旨や意味が大きく動きましたね?

箭内日々伝えられる災害や事件・事故は自分の関係する場所で起こるものとは思わず暮らしているので、自分の故郷を襲った震災は「え?!」というのが最初に思った率直なところ。前年まではイベントで福島への愛情とその裏返しで「福島には帰らない」と歌っていた自分が、何もしなかったらダメだろうと思い、すぐに福島にかけつけようとも思ったがライフラインもズタズタな中で「いま来られても困る」と言われた。でも何かしなければいられないとの思いから、福島に寄付しようと銀行を訪れ1億円の融資を申し込んだが門前払いだった。その時、山口隆から「I love you & I need youふくしま」のレコーディングの提案を受け、「ならばこの曲で福島に1億円を渡せる仕組みを作ろう」と考え、猪苗代湖ズ(山口隆、渡辺俊美、松田晋二、箭内道彦)が集まり、東京も計画停電など混乱が続いていたので3月16日から名古屋でレコーディングした。全員レコード会社も違うので、バンドをやることは認めてもらえたが、宣伝や流通などでレーベルを使うことは出来なかったためこの曲を有名にするために自分が動くしかなかった。
そして、4月、原発がいつ鎮まるのか、放射線がいつ大丈夫になるのか、いつ家に帰れるのか、だれも結論が出せない、先が見えない中、被災した福島県民に何か「確実なもの」を渡せないかと思った。そこで、半年後に日本で3番目に広い県である福島県を西から東に横断する大規模なロックフェスを開催するという「約束」をTwitterで宣言した。放射能の影響から窓も開けられずに雨戸を締め切り、洗濯物も外に干せず、避難所では段ボールの仕切りがあるだけで声を出して笑う事も泣くことも歌う事もできない状況が続く中で、半年先に明確な目標というか確実な物を示したかった。

菅澤様々な戸惑いもありましたね?

箭内こんな時期に野外フェスなんて人殺しとまで言われた。丁寧に放射線量を測ったり慎重に会場選定を行ったりしながらこぎつけた開催だったが、賛否両論あったのは事実。実際に外国のテレビ局が防毒マスクまでつけて会場に取材に来てマスクを配ってましたから。ライブのMCで「福島にこんな夜があるということを奪う奴がいるのか!」と感情的に叫んだこともあった。長引く避難生活や制約の中で県民のメンタルも限界だったのではないかと思う。

菅澤6日間のライブは連日豪華ラインナップで大盛況でした。その後、大きな期待や責任を背負ったのでは?

箭内当時、東北全体が「次は誰が来てくれるの?」という風潮になりつつあった。「与えられる」「してもらう」「受け取る」のと、東京から誰かが行って「あげる」「渡す」というその構図は被災直後にはとても大事なんだけど、復興を歩んでいく上では将来的に福島の人たちが自ら考え行動し、最終的には福島の人たちだけで作って行くイベントにして渡して行かなければならないと思った。

ありがとうを伝え、そして先人に学ぶ全国ツアー風とロックCARAVAN日本(2012.12月~2013.9月)

福島、沖縄、札幌、長崎、東京、神戸、広島、宮城、岩手でライブを開催。MONGOL800(沖縄)、大泉洋(札幌)、ガガガSP(神戸)、中村雅俊(宮城)など現地ゆかりのアーティストを迎え、風とロック常連メンバー(風とロック一座)による全国ツアー

菅澤その受け取るだけの構図から、翌年は逆に全国に会いに行くという構図で全国ツアーを開催することになりましたがその目的は?

箭内もちろん受け取ったものへのお礼を伝える意味もあったし、福島から全国に避難している人たちに会いに行くという意味もあったし、初めて経験する大きな震災や原発事故を乗り越えていくために戦災や災害を先に経験した先輩たちから学ぶ機会にしたいと。原爆が落とされた広島では広島カープがどれだけ戦後の広島を支えたかというのを聞いて、そういう存在になりたいと思いを強くした。全国を旅したことで改めて全国のたくさんの人が福島の事を思ってくれているんだなという事を感じるとともに風とロック一座の結束が強まり、その後の風とロック芋煮会の糧となるツアーだった。

菅澤このツアーのテーマ曲「Two Shot」に込めた思いとは?

箭内それまでの「I love you & I need youふくしま」は一定の役割を果たしたが、一方であの曲を聴くと「震災直後の苦しい時がフラッシュバックする」「郷土愛を強要されている感じがする」「福島から逃げるなと言われている気がする」という声もあった。そこでもう1曲必要なんだなと思った。立場や思いの異なる様々な人がお互いの違いを認め合って前に進むという曲を作った。作曲と1番の歌詞は箭内、2番は怒髪天の増子直純、3番は亀田誠治が作詞/編曲、ラップ部分はMummy-Dが担当した。そしてボーカルはMONGOL800のキヨサク。

菅澤このCARAVANでの経験と、「Two Shot」の歌詞、"君と僕の違う所を尊敬しあいたい 僕と君の同じところを大切にしていたい"、"君がつらい時は 今度は僕が助けに行くよ"がその後に再開する風とロック芋煮会の精神につながっていくわけですね。

箭内熊本地震の直後には熊本にもCARAVANに行きましたし、風とロック芋煮会の会場には至る所に募金箱が置かれて広島の土砂災害や西日本豪雨への支援などチャリティの側面が強くなっていきましたね。2011年、受け取ったものへの恩返しはしなければならない、その人たちに何か起こったら助けなきゃいけないという気持ちです。

福島が宇宙一笑顔で溢れ、羨ましいねと言ってもらえる1日を

全国キャラバンを終えた2013年9月からは風とロック芋煮会が復活。猪苗代(2013)、郡山(2014)、白河(2015-2019)。2014年からはアーティストたちによる野球大会も同時開催。

菅澤全国キャラバンから持ち帰ったことを活かし、今度は再びバージョンアップした「風とロック芋煮会」というかたちで表現する事にした理由とは?

箭内風とロック芋煮会が開催されている日は福島が宇宙で最も楽しい、他県から羨ましがられる日にしたい。建物やインフラも必要だが、皆の気持ちが一つに重なる場になって欲しい。他のフェスでは見られないようなミュージシャンの笑顔が見られるとか、みんなと分かち合う瞬間を体現できるというか、そんな場が福島にはあって他県民から「ズルいな」「羨ましい」と言われる場があったらいいな、それが復興にもつながるとキャラバンで気付いた。そして2010年に怒髪天のシミさんから気付かされた福島の羨ましい文化「芋煮会」でそれを実現しようと。

菅澤ロックフェスでミュージシャンたちに野球の試合をさせてしまうという前代未聞のアトラクションも大好評ですが、成功する確信はあったのか?

箭内いわき市で開催されたプロ野球オールスターゲームで猪苗代湖ズが生演奏をした際に渡辺俊美がボソッと僕に「野球やりたいなぁ」と言った。支援されたり支援したりのチャリティの構図ではないが、いつもはステージからメッセージを届けているミュージシャンたちに対し、たまには観客が逆に応援するという構図があっても面白いんじゃないかって。ミュージシャンたちは本業であるライブだけでなく縁日、そしてオールラインナップで演奏し、やっと終わったと思ったら野球までと本当に大変で申し訳ないと思いつつ、みんなとても楽しそうで「芋野球、また出たい」と言ってくれる。まさに風とロック芋煮会でしかみられないコンテンツだと思う。

三密こそ「風とロック芋煮会」…この日があるから1年頑張れるんだとの声
9/12、13に計画していた「風とロックIMONYPIC」がコロナウイルスの影響で中止に

菅澤中止を決断するに至った思いとは?

箭内世界で一番アーティストと客の距離が近いと言われているイベントだけに、三密こそ風とロック芋煮会の特徴なので最も開催の困難なイベントだった。全国とつながり全国から福島に仲間をお迎えする、そこでコロナウイルスが、となると、笑顔の溢れるイベントではいられなくなると思い丁寧に慎重に考え抜いて中止の決断をした。一方で怒髪天の増子直純から「風とロック芋煮会が無くて本当に寂しい」との連絡がきたし、多くの人たちから「この日があるから1年を頑張れるんだ」という声も直接耳に届いている。みんなが離れ離れでも何か共有できるものや時間を作りたい、という事をこれまで風とロックの全公演を完全収録してきた福島中央テレビに直談判した。

2020年の風とロックは「テレビ芋煮会」

箭内今回のテレビ芋煮会はオンラインイベントやオンラインライブとは大きく異なっている。第1回目から11年に渡り風とロックのイベントにカメラを向け続けてくれた地元のテレビ局が地元から全国に音楽を発信するということに大きな意義があると思うんです。これまで全公演を毎回特別番組にして放送してくれているんですけど、わざわざその特番を視るためにその放送時間に他県から福島県を訪れる人もいるという話も聞く。これも福島が羨ましいと思われるまさにそのものなのでは、と。今回は3時間40分の地上波放送は福島ローカルで、そして6時間に渡ってLINE LIVE VIEWINGで配信をしますが、いずれもこれまで参加した事のある人は懐かしい思い出が蘇るでしょうし、参加したことが無い人にとっても11年分のイベントに参加した気持ちになれると思います。そして配信による全ての収益は全額を福島県の医療従事者のために福島県医師会と福島県看護協会に寄付させて頂きます。

菅澤11年前、箭内さんも若くてだいぶとんがっていた映像も見られると思いますし、どんなシーンを盛り込もうか、絶賛編集中です。そしてまさに先ほども出てきました風とロック一座のみなさんにもリモートで生出演して頂きますので風とロックとアーティストたちの成長の記録としても皆で子供時代のアルバムを見返すみたいな時間にもなったら良いなと思っています。

箭内これまでの11年、そして今回のテレビ芋煮会と、いつも力を貸すことを1ミリも惜しまないでくれるミュージシャンのみんなには、本当に感謝しかないです。もちろんテレビ芋煮会を実現してくれた福島中央テレビにも。そしてこのテレビ芋煮会によって福島には風とロック芋煮会があって羨ましいなと思ってもらうのと同時にこんな番組があって羨ましいな、こんなテレビ局があって羨ましいなって思ってもらいたい。そう思われるよう、編集頑張って下さいね。そして来年で東日本大震災から10年。具であるファン、味噌であるアーティストに加えてテレビ局や仲間たちが一緒に集まって作り上げてきた10年という姿は、震災から復興した神戸のように復興への見本になると信じています。是非、みんな一緒に楽しい時間にしましょう!【終】

取材:菅澤大一郎(福島中央テレビ制作部長)

福島から全国の被災地に思いを届ける秋の風物詩「風とロック芋煮会」。新型コロナウイルス感染症の拡大防止のため2020年の開催は中止となったが、ことしは過去11年、全ステージを記録した膨大なアーカイブから厳選した蔵出し映像を中心に「風とロックテレビ芋煮会」として6時間に及ぶ地上波放送と配信が決定。今年、全世界を襲った新型コロナウイルスの災害に立ち向かう医療従事者に対し、風とロック芋煮会に関わってきた復興への思いを強く持つアーティストたちがリモート生出演し視聴者とともにチカラを届ける。同イベントは収益の全額を医療従事者に寄付する。


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