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アナウンサー日記

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2019.12.13information

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今回ご紹介するお店のメニュー

 きょうの『ゴジてれChu!』のイケ麺コーナーでは、二本松市のラーメンの名店の、シンプルにして極上の一杯、浜通り・中通り・会津の美味しいものがぎゅっと詰まった一杯等をご紹介します。

 取材に行った時のこちらのメニューには……

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上のメニューには載っていない「極上」の一品…の撮影風景です。

……載っていません。何故なら、季節限定だったり、この冬新登場したばかりだったりするイケ麺だからです!特に極上の一杯には…驚きますよ。
 このあと午後3:50~です、お見逃しなく!!


 更に、『ゴジてれChu!』第3部が終わった直後くらいから、「中テレChuTube」の配信があります。題して、


   夜の中テレライブ第2弾  「Xmas Dream Night」



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『ゴジてれChu!』を見終わったら、配信は如何?

です。今回は、またまた私と菊竹アナで配信します(本当は私以外の男性アナと思ったのですが、他のアナも仕事や用事があり、今回は私で…ご勘弁ください。因みにアナウンサーの配置を担当するのが、私の管理職としての役目なのです…はい(^^; )。
 こちらは午後7時~を予定しております。宜しければこちらも是非!

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2019.12.05with a camera in Nihonmatsu City 1

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令和初の「木幡の幡祭り」は、晴天に恵まれた。

 『ゴジてれChu!』木曜恒例の「ぶらカメ」のコーナー、私が回るのはサッカーの仕事等の関係で1か月ぶりです。今回は二本松市に向かい、「木幡の幡祭り(こはたのはたまつり)」を取材してきました。そのこぼれ話です。

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氏子は白装束に烏帽子姿で幡を持つ。こちらは「幡郎」くん。

 木幡の幡祭りは、平安時代(1055年)の源頼義・義経親子と奥州安倍氏との争いに由来すると言われます。戦いに敗れ木幡山に籠った源親子と僅かな兵が戦勝祈願、翌朝攻めて来た安倍氏は山一帯が源氏の白幡で埋め尽くされているのに驚き、引き返した…というもの。ところが白幡に見えたのは、実は木幡山に積もった雪で、それを知った地元の人が、源氏の白幡になぞらえて五色の幡を作り、里を練り歩くようになったそうです。以来900年以上の伝統を誇る祭りで、二本松市の旧東和町(とうわまち)で行われる国指定重要無形民俗文化財、現在は12月の第一日曜に行われています。

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出発場所のグラウンドに、氏子が集まり始めた。

 朝8時過ぎ、旧東和町内にある9つの地区の隠津島神社(おきつしまじんじゃ)の氏子達が、出発地点のグラウンドに集まってきます。多くの白装束の氏子の中に、赤っぽい服を着た氏子もいます。実はこの祭りの或る意味「主人公」でもあります。権立(ごんだち)といって、成人を迎える18歳~20歳の人達です。昔は長男が権立になれたそうですが、今は少子化の影響もあるのか、長男には限らないようです。

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令和初の権立。今年は4人が、独特の衣装で「儀式」に向かう。

 こちらが今年の権立の4人です。見て分かるように、権立は母親の襦袢か赤い服を着て、太刀と袈裟(三つ編みにした縄)を首にかけて参加します。太刀は木を削って作ったもので、「結構首にずっしりきます。」と話してくれました。私も持たせてもらったら10kg以上あるようでした。

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権立の1人とお父さん。お父さんも権立を経験した分、感無量の様子。

 権立は途中幡を持つ人たちと別れ、成人となる「儀式」を経て、隠津島神社の本殿で合流するそうです。隣はお父さんなのですが「参謀」の役職があって、幡を離れて「儀式」に参加できるかどうかは微妙との事。
「本当は立ち会いたいんですけどねぇ…。」
と親心と役職の間で心が揺れ動いていました。

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お話を聞いている最中に、ご祝儀が…。

 すると女性が権立に話しかけてきました。ご祝儀です。一人前の男として認められる日ですからね。

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氏子も集まった、そしてアマチュアカメラマンも集まった…。

等と話を伺っている内に、幡を持った多くの氏子、そして祭りの様子を撮影しようというこれまた多くのアマチュアカメラマンが集まってきました。源氏の白幡と五色の幡が、青空や紅葉を背景に風に靡く様子は、美しくも圧巻です。

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未来の「権立」で~す♪

 中には、こんな可愛い氏子さんもいます。将来は幡を持って堂々と練り歩くんでしょうね。

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祭りのつつがない進行を皆で祈願。

 神事を済ませ、祭りの安全を祈願します。

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めでたい日に、餅つきは外せません。

 出発の前には、餅をついて振る舞ったり、

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幡競走。健脚を競う。

幡を持っての競走が行われたりします。

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幡にはらむ風の重さを感じ、前傾姿勢で駆け抜ける。

 走る速度の分だけ余計に幡が風を受ける為、結構きつそうです。

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希望者は参加できます。

 一般の人も参加できるんですよ。

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さすが、氏子の貫禄を見せつける。

 この競走では、幡を持ち慣れた氏子の方に分があったでしょうか??

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頑張れ、頑張れ!

 こんなにスピーディーに幡が動くのは、この競走だけです。

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この氏子達が、列をなして町を練り歩く。

 さてイベントが終わって幡が出発する前に、我々は撮影ポイントを探して先回りです。配布されている地図には、お勧めポイントが星印で幾つか挙げられています。どこにしようか迷いつつ進んでいると、視聴者の方から声を掛けて頂きました。もう30年以上木幡の幡祭りを撮影している地元二本松市の方です。お勧めポイントを聞くと、
「それなら、あそこの逆光の所が好いんじゃないかなぁ。幡が綺麗に見えるんですよ。」
と言って、私達を案内してくれました。その場所は奥に並ぶ木々を背景に逆光の日が当たり、逆光を入れても、逆光を切って幡だけ映しても綺麗だとの事。

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案内してくれた石川さん。聞けば二本松写真クラブフォトジャパン会長だった!

 この方は終戦後満州で生まれ、幼少期は桑折町で育ったそうです。小学生の頃に隣の家の人がカメラを持っていて、ハート形の写真をプリントしてくれた事がカメラに興味を持つきっかけに。その後、初任給4000円位の頃に9000円のカメラがどうしても欲しくなり、貯金と親御さん等の資金援助を得てカメラを買い、修学旅行で友達を撮ったのが思い出だそうです。
 その方のお勧めポイントに、行列が近づいてきました。気が付けばアマチュアカメラマンも増えています。私も夢中でシャッターを切ります。

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アドバイスのもと、逆光で撮った一枚。

 逆光を入れた写真がこちら。おおお…なんだか素敵な雰囲気に見えませんか?光って重要ですねぇ。

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逆光を切るバージョンも、幡の美しさが際立つ。

 逆光を切って撮影したのが、こちら。
「逆光だと、電線が目立たなくなるんですよ。」
とは、ご案内下さった方のお勧め理由の一つ。私の腕でも、逆光を受けた幡や手前の草が明るく写り、電線がかなり後ろの木々に紛れています。なるほど~~。

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列が離れすぎないよう、途中「調整」の時間が設けられる。

「あと、鳥居の所は、絵になりますよ。」
と次なるポイントを勧めて下さいました。行列は先頭の総大将・大将等の氏子や宮司など神社の関係者、権立が幡を持たない分歩みが速いので、時折幡を持った後ろの列がやってくるのを待って、列が離れないよう調整します。その間に我々は先回りです。

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撮影ポイントの一つ、鳥居そば。既にアマチュアカメラマンが陣取っている。

 こちらがその鳥居です。既にアマチュアカメラマンが、この階段を上る様子を撮ろうと、他の撮影ポイントを捨てて待っています。我々も鳥居の上へ移動です。

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いよいよ鳥居に向かって、幡行列が近づいてきた。

 待つ事しばし、幡行列がやってきました。アマチュアカメラマンもかなりの数、鳥居を目指しています。
(12月4日のブログにつづく)

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2019.12.04with a camera in Nihonmatsu City 2

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鳥居下まで来た権立。まだ表情には余裕が見られる。

(12月5日のブログの続きです)

 権立の皆さんもまだ笑顔が見られ、余裕の表情です。

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鳥居の上から見ると、目の前を幡が覆う感じがする。

 幡が鳥居の前に揃って来ています。迫力があります。

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幡が鳥居をくぐっていく…。

 総大将や宮司、権立に続いて、幡を持った人たちも鳥居前の階段を上り始めます。

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鳥居の下を、幡を持った氏子達が次々と通っていく。

 この日の空にも負けない晴れやかな表情で、鳥居をくぐっていきます。
「私は午前中で帰ります。」
 ここでお勧めスポットを案内して下さった男性とはお別れです。本当に助かりました。もしお会いしていなかったらここまで素敵な構図での写真は撮影できませんでした。誠に有難う御座いました!

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気を遣いながら、幡をくぐらせる氏子の皆さん。

 しめ縄も幡も傷つけないよう、幡のリンボーダンスではありませんが、寝かせるように通過していきます。ここで前半が終了。幡は一度ガードレール等に立てられた支柱に地区ごとにまとめて結わいつけ、遥拝殿の境内で昼食休憩です。

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現在地は下の赤いところ。上中央に、幡のイラストとともに本殿が…遠い!

 そう、よくニュースで流れる幡行列の映像はここまでの部分。実はこの後が結構過酷な道のりだとは、後で知ったのであります。この地図を見ても分かるように、遥拝殿のある「現在地」はまだ中腹までも行っていない場所。ここから更に、手水舎経由で本殿を目指すのです。しかも権立のグループは、途中で幡を持つグループと別れて、山道を上って羽山神社、三重塔を経由して、本殿まで行く「登山コース」を進むのだそうです。…全然聞いていなかったぞ、ディレクター!帰ってきて調べたら総距離3kmをゆっくり進むのが、木幡の幡祭りの全貌だったのです。

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風船の国のアリスさん登場。雰囲気が一気に華やぐ。

 そんな男達の英気を養おうと、境内ではイベントが行われています。あら!以前番組にも出て下さった、バルーンパフォーマーの風船の国のアリスさん(福島市出身)が、会場を盛り上げていました!

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歌も歌います♪

 歌って、

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踊りながらバルーンで動物などを作るパフォーマンスも…。

踊って、

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マジックで顔を描いて、と…。

しかもその間にバルーンを組み合わせて、動物やキャラクターを作っては、

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ステージ前の子どもにプレゼント!

ステージ前に来た子ども達にプレゼントしています。

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さぁ今度は何が出来るかな?

 最後には大作、

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決まった!青い鳥完成!!あら、右下にはショーを楽しむ氏子さんも…。

幸せを運ぶ「青い鳥」を作るパフォーマンスも。

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アリスさん、楽しいショーを有難う!

 いやぁ、老若男女、盛り上がっていました。

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後半の行列が始まるも、見守る人は多い。

 さぁ、幡祭りは後半戦です。遥拝殿を出発すると、坂の勾配が前半よりもきつくなってきました。そんな厳しい長丁場にも、御覧のアマチュアカメラマンの数です。

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後ろの景色と、幡行列がマッチする。都会の街中では出ない風情だ。

 山間の道を、幾つもの幡が上ってきます。この光景が900年以上続いてきたのですね…。山間の里という景色と伝統で、しっくりくる光景です。

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終わりかけの紅葉に、鮮やかな幡の数々…。

 紅葉も終わりを迎えるこの時期だからこそ、一層幡の美しさが際立つ感じがします。

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12月だが、秋の名残の風景も見られる。

 因みに、午前中に撮影のお勧めスポットを教えて下さった男性は「雪が降った時もまた別の美しさがありますよ。」と話してくださいました。今年ならではの光景が広がります。

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電線も舗装道路も見えない地点から。昭和の頃もこんな感じだった!?

 これは令和元年の風景です。このように場所によっては「昭和の時代に迷い込んだのでは」と思える風景にも出会えます。

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手水舎前の駐車場から撮影。紅葉ごしも美しい。

 本殿に向かう途中の手水舎まで上ってきました。普通の参拝客はここから本殿までは最短距離となる長い石段を上りますが、幡行列は違うコースを辿ります。

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祭りの日のみ、特別通行可能となった道へ。その先には…

 そのコースは先日の台風19号の影響で道の一部が崩れ、通行止め。本来のコースを幡が進めるか危ぶまれましたが、伝統の祭り故にこの日この行列にだけ特別に通行許可がおりました。伝統の道を一行が進みます。

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台風19号は、木幡の幡祭りの正式ルートを阻まんばかりの爪痕を残した。

…確かにこの爪痕があっては、普通では通行できる状況にはありません。

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山側に残る舗装部分を、幡行列は慎重に進む。

 安全を確認しながら、行列は進みます。

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道が細くなってきた。そして権立には、厳しい道のりが…!

 道は更に細くなり、山に入って来た事を実感します。そして或る場所に来て、総大将・大将から声がかかります。
「ここからは二手に分かれます。権立たちはこちらの道を進みます。」
 その道は、落ち葉が積もる急な土の山道、直登コースです。幡は舗装された道を進みます。権立の「儀式」を見たい人は、山道コースを進まないとなりません。…だから聞いてないよ、ディレクター!!
(12月3日のブログにつづく)

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2019.12.03with a camera in Nihonmatsu City 3

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権立達は、落ち葉が積もる山道へ。幡行列は、下の舗装道路を進む。

(12月5日・4日分のブログの続きです。)

 落ち葉があると、結構踏ん張りがききません。そんな山道を、氏子の総大将・大将を先頭に進んでいきます。

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太刀が重く、バランスもとりづらく、余計体に堪える。

 権立の4人は、太刀の重さ分、余計に大変そうです。

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胸突き八丁の山道が続く…。

 話し声は消え、荒い息遣いと山道を登る音だけが山の静寂に広がります。

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胎内くぐり岩に到着。岩の前に佇む権立4人。さぁ「儀式」だ。

 何度か休憩をとりながら冬なのに汗だくになって登っていくと、目の前に大きな岩が現れます。ここが「儀式」の場所です。

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岩の前に、”奉納”よろしく太刀を置く。以前の太刀も残っている。

 総大将・大将に言われるまま、権立は重い重い太刀と袈裟を岩の前におろします。

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岩を回り込むように、登っていく。

 そして岩を回り込むようにして更に上へと登っていきます。
 大きな岩の間には、狭い隙間があります。権立は一人ずつその隙間を通っておりてきます。

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狭い隙間を下りてくる。

 ここを抜けて出てくれば、

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一人ずつ…。少し難儀していそう。

成人として「生まれる」事になります。

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通過できれば、成人としての生まれ変わりだ。

いわば「産道」という訳です。

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出て来た後は、総大将らの名乗りを経て、胎内くぐりを終える。

 出て来た後は、上と下にいる総大将・大将らがお互い、誰が生まれたのか、〇〇が生まれたと問答をして、出生を知らせます。これは「胎内くぐり」と呼ばれています。

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更に進むと、”神社”がある。

 「胎内くぐり」を終えると、一行は少し山道を登った所の、また別の岩の前に進みます。ここが羽山神社です。

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赤飯で「食い初め」を行う。

 ここで権立は「食い初め」を行います。

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これが背拝み(後ろに神社が見える)。1年目に負ぶわれてお参りする様を表す。

 そして羽山神社を背にして拝み(これを「背拝み(はいおがみ)」と言う)、続いて神社を右手にして拝み(「横拝み」)、最後に神社に正対して拝み(「正面拝み」)、3年分の参拝を済ませて、「お山かけ」と呼ばれる成人の「儀式」を終えます。

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これで成人の仲間入り。東和地区の一人前の大人となった。

 御神酒を頂けば、まさに成人の仲間入りです。

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70歳のおばあちゃんも、権立のコースについてきた。襦袢を着た権立の祖母。

 こちらの女性は、権立の一人のおばあちゃん。古希でありながら、男のお孫さんは今回の権立が最後だからと、直登コースを登ってきました。
「ちっちゃい頃から写真を撮って来たから、権立の姿もどうしても見たかった。」
 山登りが好きだというおばあちゃん、健脚も、頑張りも、お孫さんへの愛情も素敵です。

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まだ登る。権立もさすがにしんどそう。

 そこから一行はなおも山道を進み、

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立派な三重塔。嘗ては五重塔だったという。

三重塔の前でもお参りします。大将の話だと昔は「五重塔」だったそうですが、昔の台風で崩れ、三重塔が建て直されたそうです。旧東和町は決して大きな町ではないのですが、これだけ立派な塔を再建するあたり、町民の信仰の篤さや歴史と伝統を守る気持ちの強さが伝わってきます。

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いよいよ大団円。

 最後の上り、急な石段を進むと、本殿です。

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権立4人は、無事本殿にお参りした。

 ここでお参り・報告をし、幡行列と合流して万歳三唱をして、全ての祭りは終わります。

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権立の4人。よく頑張りました。お疲れ様でした。

 4人の権立は、
「やっと来たという感じです。」
「達成感が味わえて、とても貴重な経験が出来ました。」
「辛かったけど、何とかやり切れて好かった。」
「(おばあちゃんに撮られて)恥ずかしかったけど、嬉しかった。歴史と伝統のある祭りに参加できて、良かった。」
と、それぞれの想いを話してくれました。祭りの前より、何だか大人びた感じに見えましたよ。

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本殿近くからの二本松市内。この高さを皆が登った。

 これが本堂そばからの景色です。奥には左手に『智恵子抄』で有名な安達太良山や、右手に吾妻連峰が望めます。こんな高い所までよく登ってきたものだと感心しつつ、この景色が頑張ったご褒美にも思えました。
 ニュースでは見た事があった「木幡の幡祭り」ですが、直に見たのは初めて。しかも権立の成人の「儀式」も拝見する事が出来て、二本松市の歴史の豊かさにも触れる事が出来ました。

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2019.11.16the semifinals of Fukushima high school soccer tournament in 2019

 きょうは、全国高校サッカー選手権大会の福島県大会準決勝が行われた。その結果。

 尚志2-1帝京安積
 聖光学院1-0福島工業

 今大会は台風19号の影響もあり、日程が大幅に変更になった。準々決勝から約3週間あいての準決勝は、私がサッカー担当になって30年の間でも、かつて無かったはず。例年だとあいても1週間だが、利点もあって、十分対策と選手の体のリカバリーに時間をかける事が出来た。
 帝京安積は、台風19号の影響で校舎が1m以上床上浸水する等、大きな被害が出た。サッカー部員も、近所のあまりの状況に練習をとりやめ、家具の運び出し等の手伝いをした。一方で対戦相手がここまで県内の大会(新人戦・夏のインターハイ予選・選手権予選)で53連勝中、昨年度全国高校選手権・今夏インターハイベスト4の尚志とあって、策を練った上で臨んだ。帝京安積の小田晃監督のゲームプランは、「前半最悪1点リードされるまでなら、OK。」だった。
 しかし先制したのは尚志、しかも前半9分だった。右からのクロスボールに、インターハイ得点王の山内大空(そら)主将がディフェンス2人の間に入りこみ、ヘディングシュート。早い時間帯に、1点のリードを許してしまう。
 先制を許した帝京安積だが、その後はディフェンス陣の踏ん張りもあり0-1で前半を終え、小田監督の「想定内」で折り返す事が出来た。
 後半もお互いゴールネットを揺らせず半分以上が過ぎるが、後半20分を過ぎたあたりから、徐々に帝京安積が攻める良い時間帯が生まれて来た…ところだったが、後半27分、その帝京安積の攻めを防いだ尚志のGK鈴木康洋選手が、判断良くすぐさまロングフィード。そこへツートップの1人阿部要門選手がヘッドでコースを変えると、そこにいたのが先制ゴールの山内選手。ドリブルで上がっていく。帝京安積は同点を狙って前がかりだった分、残っていたディフェンダーは2人。山内選手の対応は1人とGKで行う。じりっじりっと上がった山内選手に、飛び込まずにシュートコースを狭めるディフェンダー…すると山内選手がすかさず狭い方向への鋭いグラウンダーのシュート!ボールはディフェンダーが伸ばした足と、GKの横っ飛びした手の先を抜けて、ゴール左隅へ。重い2点目が尚志に入る。
 だが帝京安積の小田監督が「水害を言い訳にしない。結果を残す。色々支えてくれた人に感謝の気持ちを。地域に元気を」と話してきた通り、イレブンも諦めない。アディショナルタイムには、石井陸斗選手のロングスローを3人がヘッドでつなぎ、その3人目の廣野諒選手がヘッドで落としたボールを小山航平選手がボレーシュート。1点を返す。全校応援の帝京安積応援席が、最もわいた瞬間だった。
 しかし如何せん時間が足りなかった。1-2で帝京安積の今年の選手権は終わりを告げた。
 私は、最後の帝京安積の1点に感動した。皆が力を合わせ、諦めず、「言い訳しない。地域に元気を」の気持ちがこもったゴールだった…そんな想いを小田監督にぶつけたが、小田監督は冷静に試合を振り返った。
「前半が良くなかったですね。最初の20分、もっと積極的にいければ良かった。(前半の)0-1は、こちらが『持ち込んだ』結果ではなかったですから…。その後(帝京安積のプレーは)良かったので、それが最初から出来ていれば…。」
 確かに立ち上がりの失点は痛かったし、あの失点が無ければ後半の展開も違っただろう。
「いや、私達こそ(周囲の方から)元気をもらいました。やっぱり知っている人の『頑張って』より、知らない人の『頑張って』が救いの言葉になりました。」
と水害以降を振り返った小田監督は、
「これで終わりではなく、(12月の)プリンスリーグ参入戦が控えているので、それに向けて頑張ります。」
ときょうの経験を、次年度一つ上のステージで戦う為の「糧」にする決意を口にした。
 尚志の仲村浩二監督は、
「前半、もう1点欲しかったですね。ボランチからパス交換などあれば良かったのですが…。」
と前半に試合の流れをもっと引き寄せたかった事、更には中盤から攻撃の組み立てがもっと出来た筈だった事に触れた。それでも勝ち切った事については、「プレミアリーグという高いレベルの試合をたくさん経験できた成果」と分析した。そして決勝へ向けて「次の試合を見て分析していきます。」と、観客席に向かっていった。


 7年ぶり2度目の選手権を目指す聖光学院と、22年ぶり4度目の選手権を狙う福島工業の対戦は、前半13分、聖光学院のゴールキックから長いボールを素早く前線に入れると、半澤愛斗選手が左サイドでゴール方向の様子を窺うようにドリブル、この間中央へのパスを警戒する福島工業ディフェンダーが距離を或る程度保ちつつ警戒、するとプレッシャーが少ないと判断したか、半澤選手がミドルレンジから一閃右足を振り抜く。ボールは右へ弧を描きながら、ゴール右上隅へ。これが見事に決まり、聖光学院が先制する。
 その後お互いフィジカルの激しいぶつかり合いを経ながら、隙あらば相手の裏を狙う攻防を繰り広げるが、どうしても両チームゴールネットを揺らせない。結果、前半にミドルシュートを決めた聖光学院が、虎の子の1点を守り切り、決勝進出を決めた。
 福島工業の亀岡丈朗監督は、
「あのミドルシュートは…。でもあれは綺麗なシュートでした。」
と決勝ゴールを悔しさと、対戦相手ながら天晴れの気持ちを込めつつ振り返り、
「本当は0-0で延長戦にいければ良かった…。」
と持久戦に持ち込んで勝機を見出すゲームプランだった事を明かした。ただ私立高校ほど練習環境が恵まれない中、「公立最強 打倒私立」を掲げて県立高校で唯一ベスト4に進出したのは見事だったし、80分間選手も諦めずに戦い抜いた。選手に何と声を掛けるか尋ねると、
「いつも怒ってばっかりだったので、きょうは褒めます。」
と少し笑顔を浮かべた。
 聖光学院の山田喜行監督は、準々決勝からの長い3週間での調整の難しさをあげた。
「特にこの1週間は、選手の、選手権にかける想いが空回りしてしまい、俺が俺がという状態になってしまったんです。」
 それをまとめ上げたのが、キャプテンの小幡俊介選手だったと言う。あすの決勝に向けては、
「走り回って大暴れします。」
と一泡ふかせる、いや一波乱おこす決意を語った。

 この結果、決勝は

 尚志‐聖光学院

 郡山市の西部サッカー場で、あす17日午後0時10分キックオフ。正午からは福島中央テレビで生中継する。

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アナウンサープロフィール

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