アナウンサー

アナウンサー日記

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2020.01.16Episode IX

 1作目を見たのは、まだ小学生の頃。当時の(千葉の)映画館は東宝は東宝、東映は東映、松竹は松竹、日活は日活と、会社ごとに映画館が分かれている時代で、映画館の中には例えば松竹なら松坂慶子さんなど、映画会社所属俳優の写真が飾られていた。また当時は1作ごとの入れ替え制ではなく、「入館料」と称していた時代、邦画を中心に二本立てが多く、時間が許せば一日繰り返し見ていても構わなかった。
 私が初めて同じ映画を(1日居座って)2度見したのが、『スター・ウォーズ』だった。ご存じのように世界的に大ヒットし、特にデス・スターに攻撃を仕掛ける場面のスリリングさは、何度見ても、ジェットコースターが最初の急坂を最速で走り下りる時に感じる、腰の辺りがふわっと浮くような“昭和のバーチャル”的体験の出来る映像だった。
 スター・ウォーズと言えば、内側にキャラクターがプリントされていた清涼飲料水の王冠や、お菓子のおまけについていたグッズを集めた記憶がある。キャラクターが表紙になったノート等の文房具も買った。またどういう経緯で手に入れたか忘れたが、R2-D2型のコイン入れを持ち歩いていた(これが或る日、駅前の側溝の上で壊れ、中の硬貨とともに側溝の蓋の隙間から側溝の中に全て落ちるという、子どもにとっては相当な損害を被る不幸も経験した)。

 あれから40年……、その9部作の最終話が上映されている。懐かしのキャラクターも登場し、全てに決着がついた。サブタイトルの意味合いも、映画を見ると分かる。

 これで一応の完結を見たわけだが、レイア姫を演じたキャリー・フィッシャーさんは既に亡くなっている訳で、ルークやハン・ソロの活躍に興奮した若かりし頃の自分の青春が40年越しに終わったような、そういう意味では終わってほしくなかったような…、郷愁のような想いを噛みしめながらエンドロールを見ていた。同じ回を見ていた女性2人組は、明るい感じで
「何か全部詰め込んだ感じだったよね~。」
と話していた。これも的を射た感想だろう。私は第1作(エピソード4)の時から字幕版だった事や、俳優さんの生の声が聞きたい理由で字幕版で見たが、最近は老眼の影響で、忙しなく字幕と映像を目で行き来するのも辛くなってきた。画面に集中するなら吹き替え版も好いと思う。
 福島県内では郡山テアトルをはじめ、フォーラム福島、イオンシネマ福島、ポレポレシネマズ小名浜で見る事が出来る。


 『スター・ウォーズ』で思い出すのは、第1作(エピソード4)が上映された頃に東映が作った映画『宇宙からのメッセージ』だ。私の大好きな女優の一人、志穂美悦子さん出演。これも個人的には好きだったなぁ。

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2020.01.09with a camera in Tamura City 1

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JR船引駅前からスタート。客待ちのタクシー運転手から情報をゲット。

 新年初の「ぶらカメ」のロケは、1月3日田村市でした。今回はそのこぼれ話です。
 船引駅前に止まっていたタクシーの運転手の方に話を伺うと、
「ここら辺で大きい神社は『大鏑矢神社』ですかね。そこに行けば何かあるんじゃないですか?」
との事だったので、早速大鏑矢神社へ。すると社殿に通じる渡り廊下で、白い法被を着て手水舎で手を洗う皆さんが…。何があるのか伺うと、
「神事が始まりますよ。取材なら、もう中に入ってください。」
と言って頂き、手を清めた後、社殿の中に。

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社殿中央に鎮座ましますは、黒い獅子頭が2つ。

 すると白い法被を着た皆さんに左右から挟まれるようにして、中央に黒い獅子頭が2つ置かれています。

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シャッター音が申し訳ない位静かな中、神事が進む。

 宮司らによって、神事が厳かに進んでいきます。実はこの日、大鏑矢神社夫婦獅子舞祭が行われる日だったのです。

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法被には「夫婦獅子舞保存会」の文字が…。

 両脇に座っていたのは、獅子舞の保存会の皆さん。この獅子舞、何と1200年以上の歴史を誇るものと言い伝えられています。以下宮司さんに伺った話。

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何と1200年以上の歴史のある獅子舞だった…。

「この獅子舞は平安時代初期の807年、田村市に合併前の旧船引町・時ノ宮地区に二頭の獅子頭が降りてきたものの、村人は持ち上げる事が出来なかったと言います。それを大鏑矢神社の神官が軽々持ち上げた事から、神社に持ってきたそうです。この牡獅子と牝獅子は以後夫婦獅子と呼ばれるようになりました。

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奉納する獅子舞の準備が始まった。

 舞はその年(807年)の正月から始まったと伝えられます。嘗ては夜中から家々を一軒ずつ回った事もあったのですが、今は人口減少等もあり、地区ごとの公民館や希望する民家、商店など人の多く集まる所を回っています。

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2人1組で頭と尾に分かれ、舞を披露。

 獅子舞は1つの獅子頭につき、頭と尾の部分で最低2人1組になって行われます。ただ多くの人が集まる所を中心に、「本舞(ほんまい)」と言って胴の部分にも人が入って5人1組になって舞う事もあります。」

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頭を中心に、激しい動きもある。

(実際に神事の後行われた舞は、2人1組の舞だったので、獅子頭の後ろの布を尾の担当の人の首にぐるっと巻き付けて、胴を短くして行っていました。)

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夫婦らしく、仲睦まじい様子も表される。

「夫婦獅子舞なので、夫婦円満や子孫繁栄、五穀豊穣等を願う意味合いが込められています。」

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舞の後はお神酒を頂く。

 宮司さんの話を書いている内に、写真では舞の奉納が終わりました。この後は保存会の皆さんがお神酒を頂き、いよいよ町内を回っていきます。

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大鏑矢神社を後にして、町内へと出発する。

 舞を披露する場所に向かって、大鏑矢神社の鳥居をくぐる保存会の皆さん。何か所も巡るのと、獅子舞は練り歩いて見せるものでは無いので…

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移動は今らしくマイクロバス。練り歩く事が目的ではないので…

 移動はマイクロバスです。令和ではこの方が、効率的と言えましょう。

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動きが合っているのも、夫婦獅子舞の見所の一つ。

 こちら上町公民館の前では、地区の皆さんが公民館の中から見つめる中、夫婦息の合った舞を披露します。

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大拍子(太鼓)とすりがねのお囃子と掛け声に合わせて舞う。

 舞の途中に、地区の人から白い“おひねり”が獅子の口に入れられると、獅子は“おひねり”を咥えながら舞を続けます。すると次の瞬間…

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途中咥えたおひねりを投げ返す場面も…。

 “おひねり”を公民館の中に投げ返したのです。あれ?もらったものなのに返しちゃうの??←この謎は、後程宮司さんに尋ねてみましょう。

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体力的にも肝臓にも「ハード」な舞だ。

 舞が終わると、舞っていた方々の息が上がっているのが分かります。そして御神酒が振る舞われ、保存会の人が頂きます……ってこれ、行く先々で毎回続くのです。これは結構ハードな「接待」ですね。更に御礼の品が保存会の人に贈られ、これで一か所終了です。

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金箔入りのお神酒。これはめでたい♪

 保存会の皆さんのお昼休憩の場所にお邪魔すると、私も御神酒を頂戴しました。何と金箔入りです、おめでたい日に相応しい一杯ですねぇ。純米吟醸酒とあって、大変美味しく頂きました。

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舞の歴史や意味合いを、丁寧に教えて下さった。

 さて先程の疑問、“おひねりを獅子が返す”理由ですが、宮司さんに話を伺うと
「あれはお金を頂戴した御礼に、舞を通して、『福にして返して』いるんです。」
なるほど、そういう意味が込められていたんですね。だから返しちゃってOKという訳です。因みに“おひねり”の中身は500円玉との事。昔は5円玉だったそうですが、物価に合わせて500円玉にしたそう。どちらも「御縁」にかけて験を担いでいるそうです。

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「箸も持てなくなりますよ。」獅子頭を扱うのは大変だ。

 舞を担当していた人に話を伺うと、
「獅子頭の重さと、夫婦獅子なので隣の人と舞を合わせるのとで、体力的にきつい。」
のだそうです。特に獅子頭を持ち続けると、箸も持てなくなる位、腕に「くる」との事。口の動き等を中の紐で操る必要もあり、手袋をして手のひらを保護しながら舞います(社殿内でお神酒を頂いているところを見ると、手袋をしているのが分かります)。

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獅子舞で回る皆さん。法被の下は礼服の方も多い。

「夜中にあの黒い獅子が来るでしょ?しかも2匹で。小さい頃は怖くて、泣いちゃった事もありましたよ。今でも泣かれる事があって、それでも獅子は全うしますけどね。」
 今年は全部で22か所を回る予定。それぞれの箇所で、町民の幸せを祈って舞います。
(1月8日のブログにつづく)

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2020.01.08with a camera in Tamura City 2

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朝は氷が張っていた、正月3日の田村市。

(1月9日のブログの続きです。)
 朝は水たまりに氷が張る寒さの中、田村市の旧船引町では大鏑矢神社の夫婦獅子舞祭が正月三日に行われています。

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正月3日開店していた「あいづや」。先代が会津で修業した時期があった事が、店名の由来という。

 その合間を縫って我々市内をぶらぶらしていると、まだ正月三日の午前9時にも関わらず、個人商店が意外に多く開いているのに気付きました。その中の一軒、店先に蜜柑や林檎、金柑等が並ぶ「あいづや」に寄ってみました。

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店内の広告。正月2日初売りの店が多い。

 店の奥様に話を伺うと、この地域では1月2日に初売りをする商慣習があったそうで、今もその名残で店を開けるところがあるのだそう。確かにほかの商店も、1月2日に開店しているようです。御年始の挨拶がてら、お買い物をする地域の方も結構いるそうです。ふと見上げると…

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店内のつるしびな。ひな祭りの前は、数が増える。

つるしびなが…。
「少し早いんですが、少しでも華やかにと思って…。」
 桃の節句の時期はもっと数が増えるそうですが、更に店内を見回すとあちらこちらに色々な「ひな」があります。

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前に活躍した干支のひなも飾られている。

「こちらは、干支に合わせて作ったひなを吊るしているんです。」
 申や戌、そして花等が飾られていて、店に彩りを加えています。

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奥様の作った子と亥。バナナ売り場のテーブルを借りて。

 更に店内の棚には、去年の干支の亥と今年の干支の子がちりばめるように置いてあります。
「まだ子(ねずみ)は数が少ないんです。米俵を頑張って作りました。」
 金の米俵、縁起が良さそうです。また亥も色んなタイプがいるようです。

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店内の雰囲気をほっこりさせていた…。

「私は好いですから、恥ずかしいので…。」
と仰るので、ブログでは泣く泣く奥様の顔写真をカットさせて頂きましたが、こちらの写真にも似た優しそうな奥様でした。

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こちらも初売りは2日だったという「しんみせ」。店名の由来は?

 船引駅前通りを行くと、確かにほかにも開いている店があります。「しんみせ」は、ギフトショップのフランチャイズ店も兼ねたお店で、昔で言う「万屋(よろづや)」さん(今の雑貨店であり、「なんでも屋」さんですね)。塩・たばこ等は勿論、住民の生活に必要な雑貨などは何でも揃えていた店だったそうです。それにしても「しんみせ」という店名は、どういう由来なのでしょう。いまで4代目のご夫婦に伺うと、意外な理由が!

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しんみせのご夫婦。うるう年の今年は365日営業中!

「いやぁ、こちらに新しく店が出来た時に、お客さんが『新店(「しんみせ」=新しい店)が出来た、新店に行ってみよう』と言って、集まってきたんだそうです。最初は名字を使った〇〇商店みたいな店名にしたかったらしいんですけど、その『新店』という呼び名が定着しちゃって…で、そのまま『しんみせ』としたそうです。」
 こちらの店は元日以外毎日営業しているそうで、奥様曰く
「いや、慣れちゃって。(夫と)交代で休んだりもしていますが、休みが多くなると却って調子が狂っちゃうかなぁ。」

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初売りの後は、早くもひな祭り商戦へ…。

 前日が初売りとあって福袋も置いてありますが、ご主人は店の一角で「模様替え」のような事を進めているのだとか。
「あすからはひな人形を販売しようと思って。」
 時期ごとに、3月に向けてはひな人形、5月に向けては五月人形、お盆に向けては提灯など、住民のニーズに合わせた品を揃えているのだそうです。創業当時からの「住民が欲しいものは何でも揃える」精神は、今も息づいています。でもさすがに揃えられないのは、ランドセル。
「今は色も多彩だし、一か所一か所デザインや縫い方などをオーダー出来るでしょ。さすがにこれは無理かなと…。」

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この日は3000円以上購入でポイントアップの抽選を行っていた。

 そんな4代目も、先代と葛藤があったのは、ギフトショップを兼ねるようになった時の事でした。
「ギフトショップなので、ハムなども置いてあるんです。でも商店街には他にもそういった食品を扱っている店がある訳でしょ?『なんでハムを置くんだ?』と先代から言われて…、先代は周りの店に気を遣ったんですよ。」
 でも若い人のニーズにも応えていきたいという判断で、ギフトショップも兼ねるようにしたそうです。個人商店の苦労が伺えますが、変化・発展しながら住民の需要に応えていくのでしょうね。お体を大切にして続けて下さいませ。

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利用客にも舞を見てほしいという宿泊施設にも、獅子たちは向かった。

 さてPART1でご紹介した大鏑矢神社夫婦獅子舞祭が「本舞」を披露するというので向かったのが、「あぶくま高原の宿 開宝 花の湯」です。こちらの利用客にも獅子舞を見てもらおうと、玄関先で舞ってもらう事にしています。そこに面白いシャツを着た男性を発見!

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有名なお菓子のTシャツ?

 一見すると、有名なお菓子のデザインのようにも見えますが、実は…

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還暦祝い(^^)左手はピースしています。

 還暦祝いのシャツです!
「職場の後輩が贈ってくれたんですよ。一郎は、私の名前です。」
 赤いちゃんちゃんこ代わりの赤いシャツ、贈った同僚の皆さんのセンスが素晴らしい!

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後ろが一郎さんのご両親。

「ここ船引が故郷なんですけど、10年ほど埼玉に単身赴任していて、こっちで仕事を見つけて、戻る事にしたんです。」
 どうやら故郷Uターンと還暦を、家族皆でお祝いしていたようです。ご主人に10年の単身赴任の感想を伺うと
「いやぁ、自由で良かったな。」
なんて笑顔で仰いますが、奥様の反応は?

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笑顔の奥様。実家の農業を支えてきた。

「良かったんじゃないでしょうか。ただ家で農業をしているものですから、そこがちょっと大変でしたね。」
 自宅では米や野菜などを栽培しているそうで、確かに男手が一人足りないと、大変だったでしょうね。

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さぁ、お孫さんもじいじと獅子舞を見るよ~。

 お孫さんも一緒に、この日は獅子舞を見ます。外からはお囃子が聞こえてきました。

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玄関前でこぞって神事を受ける。

 まずは舞の一行に頭を下げると、宿の玄関前は一気に厳かな雰囲気に包まれます。

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今回は本舞。体が大きいほか、舞の一部が違う。

 本舞という事で、今回は4人1組の胴の長い獅子が舞を披露します。本舞だと人数のほかに、舞も一部が変わるなどして、2人1組の時とはまた違った味わいが出てきます。

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お孫さんも神妙に獅子舞を見つめる。

 舞も終わり、さぁ獅子に頭を咬んでもらいます。縁起が良いですヨ。でも近くで見ると、迫力があるかな?

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健康で幸せに過ごせるよう、頭を噛んでもらいましょう。

 それでは咬んでもらいましょう。喜んでくれたかな?
(1月7日のブログにつづく)

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2020.01.07with a camera in Tamura City 3

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獅子頭。牡獅子の方が、鼻筋がやや太い。

(1月9日・8日のブログの続きです。)
 旅館の玄関で、還暦を機に故郷に戻ってくるおじいちゃんと獅子舞を見ていたお孫さん。

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さぁ咬んでもらいましょう。

 舞のあと、頭を獅子に咬んでもらいます。すると…

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うわ~~~ん!…やっぱり、怖いよね。

 あららら、泣いちゃいました。近くで見ると怖かったかな?そういえば、獅子頭を操っていた人も、
「小さい頃は、獅子が黒くて2匹もいて怖かった。」
って言っていましたものねぇ。

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奥の女の子も、獅子の事が怖くなってきた?

 その泣き声につられたのか、奥のお孫さんも表情がひきつってきた??大人は経験してきた事だから、全て分かっていて余裕の笑顔。この微笑ましい対比は、これからも長く繰り返される光景なのでしょうね。でもこれでこの一年、家内安全、五穀豊穣、健やかな成長の点では安心ですね。

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自宅の庭に”船引富士”を造った方。

 ところで田村市旧船引町で、どうしても行ってみたかった場所があります。
 こちらの男性のお宅です。或るものを庭に造っちゃった事で有名になり、全国のテレビ・新聞・雑誌から取材を受けた方なんです。そうそう、私も随分昔に、朝の情報番組『ズームイン!!朝!』で生中継させて頂きました。その造っちゃったものがこちら。

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これが”船引富士”。一人で造ったというから驚きだ。

 富士山です!庭ですよ、庭。この富士山、家の2階より高いんですから、びっくりです。既に何度か盛り土等をして、富士山の形も変化・成長しています。こちらは山梨県側から見た富士山をイメージして造っていて、

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手前の池には、風が無いと「逆さ富士」が映る。

しかも手前には本栖湖を模した池も造って、風の無い日は「逆さ富士」まで映るという趣向です。更には池に風呂付きボートを浮かべて、船上富士見風呂も楽しめるという訳です。とにかく富士山が好き、それだけの理由で庭に富士山を造ったこちらの男性。そういえば、昔中継した頃は奥様と一緒に入りたいけど、恥ずかしがって入ってくれないと言っていましたが…

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左側がご自宅。ボートの風呂から富士山を眺めるのも乙だという。

 その夢、既に叶えたそうです。好かったですね♪
 このボート、岸に近いとイタチが入り込んで池の鯉に悪さをするそうで、岸から離して「係留」してあったのですが、逆さ富士が見えるようにとどかしてくれました。自慢の“船引富士”を楽しんでもらおうと、サービス精神全開です。

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船引富士の麓には窯(焼却施設)があり、ここで燃やすと…。

 また以前中継した際には、暗くなった時間帯に富士山を噴火させて(煙を出させて)赤くライトアップしたところを撮影し、生中継で流しましたよね、といった思い出話をすると、
「今も噴火しますよ。見ますか?」
 富士山の麓には「焼却施設」があって、富士山山頂に「煙突」で繋がっているのです。
「大丈夫、ダイオキシンや有害物質が出るような物は燃やさないから。」
 今度は奥様が、麓の点火を手伝います。すると…

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雲の手前に、煙が見える。噴火だ。

 おおお!曇っていて分かりにくいですが、山頂から左方向に白煙が出ています。

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手が込んだ富士山だ。

 アップでご覧いただきましょう。確かに“噴火”しております。

 実は自分の車のナンバーも富士山の標高に合わせ37-76にするほど、富士山に入れ込んでいます。話がそのナンバーに及ぶと、

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車のナンバーにまつわる息子さんのエピソードを熱弁。嬉しそうだ。

「息子は、(庭の)富士山に興味が無いのかなぁと思っていた訳。ところが或る日、息子が自分の車も、何も言わずに37-76にしていたのよ。これは嬉しかったね~。」

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奥様と富士山の前で。ご主人が肩にそっと手を添えるあたり、素敵だ。

 因みにこの“船引富士”は未完成だそうで、まだまだ手を加えていくそうです。その証拠という訳ではありませんが、富士山の左麓に、何やら「小山」が…。

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ご主人の奥の小山が「令和新山」。富士山の左麓に出来始めている。

「『令和新山』って言うんですよ。昭和新山じゃないけど、令和の時代に新山が出来るというね…。」
 まだ「途中」だそうです…。確かに実際の富士山にも幾つか火口があるんですよね。なおその手前(写真では左側)には、風呂付きボートの「ドック」(係留場所)も造っているそうです。これは令和も目が離せませんね。

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これが登った人だけが撮影できる、山頂の「噴火口」。

 こちらの写真は、“船引富士”の「噴火口」(煙突の先)です。そう、実はこの後、ロケで“船引富士”に「登った」のです。この山、ご自身が登れるように、斜面に鎖とロープが山頂から垂らしてあるのです。これが結構怖い!足元の雪(の塗料)がばらばらはがれていくし、山の形を良くする為か、意外に雪の部分(白い塗料を塗ったシートが張ってある)の土が滑らかな斜面で、踏ん張りがきかないのです。私は途中で止めようとしたのですが、心配で後ろからついてきた“船引富士”の主から
「もう登っちゃった方が好いよ。」
と言われ、結局登頂する事に…。いやぁ、「屁っ放り腰」とはまさにこの事。放送ではお恥ずかしい姿をご覧に入れました。心の中で初泣きしました(T_T)
 そして庭の側に比べて、道路側の斜面が急だったのも、私を臆病にさせたのです。

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道路側(静岡側)から見た”船引富士”。私は写真右の斜面を登った。

 こちら道路側から見た「静岡県側の富士山」です。こちらもまだ「途中」だそうです。いやはや、“船引富士”は変化を続ける“活火山”でした。なお“船引富士”の主は、この斜面、走って登るそうです。その体力がなければ、庭に富士山を造り続けられないですよね…。

 お分かりだと思いますが、この“船引富士”は飽く迄私有地にあります。くれぐれも無断で敷地内に入る事などないように…、宜しく御願い致します。

 今回は1200年以上の歴史を誇るお正月の縁起物「獅子舞」を見る事が出来、更には獅子舞に泣いてしまうお子さんが微笑ましくて「初笑い」、富士登山で怖くて「初泣き」…何だかロケのお陰でいつもの年よりお正月らしさを感じる事が出来た旅でした。

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2020.01.03a New Year’s holiday

 新年あけましておめでとうございます。本年もよろしくお願いいたします。
 さて私の年末年始の楽しみの一つは、全国高校サッカー選手権大会の福島県代表を応援しに行く事です。しかし今年は1月3日に県内ロケが入っていた関係で、1月2日までしか関東にいられない…という事は、即ち3日の3回戦が直接見られない、という事です。でも勝てば1月5日に応援に行けば良いか…と思うようにして、尚志対徳島市立の試合を見てきました。
 …PK戦で敗れました。夏のインターハイ全国ベスト4の尚志が、初戦敗退とは…。これがサッカーです。完全に徳島市立に守り切られてしまいました。前半もうちょっと積極的に仕掛けたかったような気もしますが、徳島市立もまさに堅守のチーム。バックスタンドにいると後半、尚志高校・仲村監督の「意思を示せ!」という指示が聞こえてきます。ボールだけを動かすのでなく、ドリブルなど選手も動くサッカーで崩しにかかりましたが、ゴールネットは揺らせず。或る高校サッカーの監督が嘗て言っていました、「サッカーは、攻撃は計算できないけれど、守備は計算できる。」「トーナメントに強いのは、守備力の高いチームだ。」と。攻撃は「水物」の要素もあり、また攻撃の「形」は良くても得点に結びつかない事も往々にして起こります。徳島市立の戦い方が、この試合には巧くフィットしたと言えるのかも知れません。ただ80分間(選手交代枠を全て使い切った事も含めて)、そしてPK戦と、尚志イレブンもあらゆる手を尽くして頑張りました。チームの皆様、お疲れ様でした。
 この試合が第2試合だったので、午前中は「特別公開 高御座と御帳台」も見てきました。それはそれは大変美しく荘厳なものでした。頂上部についている鳳凰が、高御座と御帳台では尾羽(と称したら良いのでしょうか)の形が違う事や、布の文様など、四方向の内三方向からガラス越しに見る事が出来ます(正面だけでなく後ろ側も見られます)。上野の国立博物館で無料展示されているのですが、1月2日にも関わらず開館10分前で結構な行列が出来ていました。門の外で暫く並び、9時20分頃に建物の外に並んで、見て、見終えて出てくるまで1時間10分程でした。ご参考までに。
 公開は1月19日まで。個人利用に限り一定条件下で、写真撮影も可能。休館日があるので、行く際には事前確認を。

 そして今日1月3日、『ゴジてれChu!』木曜日の私の担当コーナー「ぶらカメ」のロケで田村市に行ってきました。そこではまさかの“山登り”にも挑戦。弱音を吐いた私の“山登り”の結果は?!9日(木)の「ゴジてれChu!」第1部(午後3時50分~)で放送します。宜しければ御笑覧下さいませ…、嗚呼恥ずかしい。

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アナウンサープロフィール

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