アナウンサー

アナウンサー日記

感想・メール

2020.11.12with a camera in Asakawa Town 1

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今回は浅川町。磐城浅川駅前の通りからスタートです。

 夕方情報ワイド『ゴジてれChu!』木曜恒例「ぶらカメ」のコーナー、12日は浅川町(あさかわまち)にお邪魔した様子を放送。そのロケ内容とこぼれ話です。(更に宮城と結ぶ「バンデス×Chu!」では、浜街道手ぬぐい帖の話題も私がリポーターでした。そのロケ内容とこぼれ話は、11月9日のブログでご紹介しております、宜しければご覧ください)。

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駅前の銀杏は、いまが見頃。青空に黄葉が映える。

 浅川町はJR水郡線が通る町。磐城浅川(いわきあさかわ)駅前の通りをぷらぷらしてみる事にします。

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間もなく黄色い絨毯に覆われる駅前。

 駅前の銀杏の木からは、だいぶ葉が落ちてきています。暦の上では立冬を過ぎ、木々も冬支度を始めたようです。そんな駅前で出会った第一町人がこちら。

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第一町人は、我々のロケを心配してくれた。

「どうしたんですか、きょう?」
 そんな声を掛けて頂いて始まった会話、ですが…
「撮らないで下さいよ。」
と仰るので、暫く撮影無しで会話。近くの知人宅にお邪魔する途中との事。ロケの趣旨を話すと、
「え、浅川町でロケですか?きょう日曜でしょ?狭い町だし、人がいるかな…。」

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浅川町を展望台から。周りには田畑が広がる。

 面積は37平方キロメートル余り、人口約6200人の、比較的小さな町にお邪魔しています。前日は全国高校サッカー選手権福島県大会の決勝の中継で、私を含めアナウンサーの大部分が関わっていた関係で今回のロケは日曜日だったのですが、それが裏目に出てしまうのでしょうか。
 聞けば元高校球児で、在学中には夏や春に甲子園に行った事があると言うのです。
「写真、ありますよ。」

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高校時代の写真。背番号10を貰った事も…。カーブが武器だった。

 その時の写真が携帯電話に入っていました。この辺りの話から、段々撮影OK状態に。
「学法石川が強かった頃で、私は野球が巧いと思って進学したのですが、入ってすぐ上には上がいる事が分かりました。」

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自宅には今でもグローブ等が置いてある。すると…

 学法石川高校は、浅川町と同じ石川郡内にある私立高校で、故柳沢泰典監督時代は野球部が県内の強豪でした。この方は、2年生になる前の春や3年生の夏など、計3回甲子園に行っています。

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何と当時のグローブだった。

「当時はけがをしても、皆隠して練習やプレーをしていました。練習に1日でも欠けたら、翌日行っても『何でいるの?』っていう雰囲気だったんですよ。」
 チーム内の競争が激しかった事が伺えます。
 そんな元高校球児は、最終学年の試合中、ベースを踏んだ際に足を痛めたと言います。
「(柳沢)監督は私が足を痛めたのを分かっていたんですが、3年生だからと福島大会はベンチに入れてくれました。ただ『甲子園に行ってけがが治らなかったら、真っ先にお前を外す。』とも言われました。そりゃそうですよね、甲子園では全員が戦えるメンバーじゃないと勝てませんから。」
 3年の夏の福島大会は見事優勝。その証が、ベンチ入りメンバーに授与されるメダルです。

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福島大会優勝メダル。ベンチ入りしていないともらえないもの。

「掛けてみてもらえませんか?」
とお願いすると、恥ずかしながらも掛けて下さいました。

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頼まなくてもこの笑顔。最高の思い出が蘇った瞬間かも…。

 するとこの笑顔。当時の思い出が蘇ったのかも知れません。

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「あ、そうそう、これこれ」と言って手にして見せてくれたのは…

「当時は野球部のジャージーを着て食堂に入ると、頼んでいない一品がサービスで出た事もありましたね。それ位、石川町の人が学法石川の野球部を応援してくれていたんです。」
 そんな強い野球部を作った柳沢監督は、勝負にはシビアだったようで、
「上級生だから優先して連れて行ってもらえるという事はありませんでした。」

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甲子園の土。詰めた瓶には、出場した大会名を記してあった。

 この方は、2年生になる前の春に甲子園に行っています。その際一人トイレに行きたくなり客席に戻ると、その年の対戦校、池田高校の名将蔦文也監督が囲み取材を受けていて、「ここだ」とばかりに蔦監督との2ショット写真を撮ってもらった人でもあります。

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これが高校球児憧れの「甲子園の土」。

 家には、今でも甲子園の土が一升瓶等に入れてとってあります。
「3回出場した分です。」
 以前は瓶が複数あったそうだが、
「近所の人等に、少しずつなんですけど分けている内に、今はこの一升瓶1本と、これだけになりました。」
と言って、ジャムか何かの空き瓶に入れた土の方を見せて下さいました。大変貴重なものを、有難う御座います。
 ところで浅川町のお勧めは何でしょう?
「やっぱり花火じゃないですか?」

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浅川町では、魔よけなどで花火の「から」を吊るす風習がある。

 浅川町は花火の里として有名です。
「打ち上げ花火の『から』(花火の、火薬を閉じ込めた外側の部分)は、魔を払うとして、軒先などに下げておくんです。」

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本来はこの中に火薬を詰めて、打ち上げる。

 こちらは寸玉の一部です。
「夏の花火は亡くなった人の供養で上げる人もいるんですが、浅川町だと供養の花火の場合、尺玉に亡くなった人の戒名を書いて上げるんです。戒名を書くのは珍しいでしょ?」
と教えて頂きました。
「花火と言えば、そこのお店、花火に因んででっかいエビ天丼を出す店ですよ。取材します?」

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花火に因んだ?食事が出て来るというお店。顔つなぎをして下さった。

と言って開店前の店に入って行って、私達との顔つなぎをして下さいました。店とはお昼時に伺う約束が出来ました。ラッキー。親切な元高校球児は、この後、近くの知人宅へと向かって行きました。浅川町の良い所を聞いた際に
「町の人が、性格が優しい。そして面倒見が良いですね。」
と答えていましたが、まさにそれを私達に実践してみせてくれました。感謝感謝です。

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サッカーの取材かと思って声を掛けて下さった方。この方のお孫さんが…

 さて駅前に向かっていると、
「何か取材しているんですか?」
と声を掛けて来た住民が。事情を説明すると、
「そうですか、いや見た事ある人が取材しているんで、きのう学法石川がサッカーで優勝したでしょ?それで取材に来ているのかと思ったんですよ。」
との事。そう、ロケ前日の決勝では、学法石川が初優勝を果たしました。同じ石川郡内ですものね、そう思うのも無理はありません。すると…
「うちは孫がサッカーやっていたので、学法石川が勝って良かったです。」

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今大会初出場する学法石川高サッカー部OBだった。当時のチームメートの写真を持って…。

 お孫さんは地元浅川町のサッカースポーツ少年団時代に、県準優勝。その後学法石川でプレーしたと言います。
「稲田監督(学法石川のサッカー部監督)が、大阪から来て間もなくの頃でしたよ。優しくて良い監督。遠征と言うと、大阪だったわね。県内の大会は孫が出るのが楽しみで、お弁当を作って応援に行っていましたよ。」
 今ではお孫さんは社会人、フットサルを楽しんでいるそうです。全国大会は、是非お孫さんの母校をテレビで応援してくださいね。

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声をかけてくれた青年。聞けばこちらは学法石川の現役3年生。

 そのロケ中通りかかった青年が、
「テレビですか?」
と声を掛けて来ました。聞けば学法石川高校野球部で、この夏までプレーしていたそうです。何だか学法石川高校野球部とサッカー部繋がりの人がどんどん見つかります。

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高校球児だった彼は、求めに応じバッティングフォームを…。

「夏は15番の背番号をもらって、サードで出場しました。」
 新型コロナウイルスの影響で夏の甲子園での全国大会はなくなりましたが、代替大会でプレーしました。
「甲子園が無くなったのは残念でしたし目標がなくなりましたが、代替大会があって好かったです。やはり色々な方が協力して大会を開いて下さったので、完結出来たのは嬉しかったです。」
 支えて下さった方の中には、ご両親もいます。
「朝早くからお弁当作ってもらったり、送り迎えや試合のビデオを撮ってもらったり…。自営業なので、自分が少しでも稼いで、楽させられたらと思います。」
 しっかりしていますね。因みに、自宅は椎茸を栽培する農家だとか。では将来は継ぐのかな?
「手伝ってみたんですが、いまやってみたい事とちょっと違うかなと…。」

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絶好球を、打つべし!

 その後の就職活動で、見事県内の企業から内定をもらった元高校球児。
「天気が好いので、自転車こいでいました。」
 大会が終わって、体力が有り余っているようです。
「就職すると土日は空くので、そうしたら小学生に野球を教えて、甲子園で活躍する選手を育てたいです。」
と大きな夢を語ってくれました。

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やはり様になっている。格好良い~!

 椎茸はまだ穫れるのでしょうか?
「大丈夫だと思います。」
 これも何かの縁、住所を伺い、のちほどお邪魔してみる事にしましょう。

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代替大会に出場した彼の後ろ姿。観客制限があった為、貴重な一枚。

 駅へと戻ると、冒頭写真で紹介した銀杏の木の下に、可愛いお友達が遊びに来ていました(11月11日のブログにつづく)。

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2020.11.11with a camera in Asakawa Town 2

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磐城浅川駅前の銀杏。戻ってみると…

(11月12日のブログの続きです。)
 朝9時頃には誰もいなかった駅前の銀杏の木の下ですが…

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落ち葉と戯れる可愛い子どもたちが…。

 2時間後の11時過ぎには、可愛い子ども2人が銀杏の落ち葉で遊んでいました。

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お姉ちゃんが落ち葉を投げると…

「楽しい!」
と言いながら、落ち葉を舞い上がらせて、歓声をあげています。お父さんに話を伺うと、近所にお住まいだと言う事で

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妹も真似して投げてみる。

「天気が好いので、外に出ようかとなって、ここにいます。」
 青空に目に眩しい銀杏の落ち葉、立冬を過ぎた直後の小春日和…それだけで、十分外出する理由になります。

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今度はお姉ちゃん、落ち葉を拾い…

 お姉ちゃんがカメラに向かって落ち葉を投げれば、妹さんも真似をします。勿論落ち葉は軽すぎて、前には殆ど飛びません。
 お姉ちゃん、今度は銀杏の落ち葉を拾うと…

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「あ、あの形に似ている!」

 集めた落ち葉が、何かに似ていると思い付きました。

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お父さんに、落ち葉の「花」をプレゼント。

「はい!」
 黄色い花びらが集まった花に見立てた落ち葉を、お父さんにプレゼント。

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「有難う」。お父さんも笑みがこぼれる。

 お父さんも嬉しそうです。
 このあと、姉妹揃って私にも落ち葉の「花」をプレゼントしてくれました。嬉しい~!
 こんな優しさとセンスを、これからも持ち続けて育っていって下さいね。

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第一町人、再登場。その理由は…

 ほっこりしたところで、先程出会った高校球児の実家に向かおうとすると、もっと昔の高校球児(第一町人ですね)に再び声を掛けられます。
「こちらの家に、戒名を書いた打ち上げ花火が残っていたんですよ。撮影していきません?」
 向かった知人宅に、その花火が残されているというのです。

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お盆の供養で上げた花火(レプリカ)を持っている方を紹介してくれたのだ。一つ一つに戒名が入っている。

「右から、私の父・母・兄の花火です。」
 そこにはそれぞれの8月16日に町の花火大会で打ち上げられた花火のレプリカが、3つも残されていました。
「町を通して頼むと、戒名の入った花火を作ってもらえるんです。そうすると観覧席を設けてもらえて、打ちあがる花火を見て、そのレプリカをこうして貰えるんです。」

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新盆や七回忌など、節目節目に供養の花火を上げてきた。

と仰るのは、花火を保存していた家のご主人です。因みにこちらのご主人は二男だそうですが、きょうだいが15人いたそう。
「兄が長男で、その上7人が全員姉だったんですよ。男は4人だったので、父には男兄弟は可愛がられました。」
 長男(8番目のきょうだい、ですね)とは7つ違いで、子どもの頃はキャッチボールなどをしたそう。そのお兄さんも、学法石川高校の野球部員でした。

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殆ど家族のような間柄。これが浅川町民の”絆”だ。

「だから学法石川で背番号10を貰った時には、家に帰る前にまずここの家のお兄さんに報告に行ったんですよ、ユニホームと背番号を持って。私も小さい頃からこちらのお兄さんに野球を教わったから。」
と話すのは、第一町人の元高校球児です。
「駅前には以前は色んな商店があって、こちらの家は元ラーメン店で、私の家も元は青果店だったんです。私の家が道路より低いもので、大雨が降ると浸水しちゃって…。そうするとこちらの家からバケツなどを持って来て、手伝いに来てくれるんですよ。」
と元高校球児が言うと、
「青果店が浸水したって言うと、うちの父親が『水を掬って来い』って男兄弟を送り出す訳ですよ。私達もバケツを持って、水を取り除きに行ったものです。」
と花火のレプリカを持つご主人も、思い出話に花を咲かせます。
「だから、うちらは家族のような付き合いなんです。」
 それで戒名の入った花火のレプリカを持つご主人が、元高校球児の話を聞いて、わざわざ取材の為に出してきて下さった訳です。本当にご協力、深謝致します。

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駅前で会った高校球児の自宅。椎茸のハウスに案内して頂いた。

 さて、今度はつい数か月前まで現役高校球児だった方の家、椎茸農家の御宅へ向かうと、ご両親が快く取材に応じて下さいました。
「ただ、椎茸はあるにはあるんですが、もう終わりの時期なので、そんなに多くはないんですよ。」
 いえいえ構いません。こちらの御宅では6棟のハウスの中で椎茸を栽培しています。

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ハウスの中にずらっと並ぶ菌床。このハウスが6棟ある。

 中を見せて頂くと、温度を調節したハウス内に菌床がずらりと並びます。独特の淡い匂いがしますが、
「そうですか?もう慣れたのか、私には分からないですね。」
 出荷のピークは過ぎたそうですが、

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夕方までの数時間に、出荷できる大きさまで育つという。

「この辺りのは、夕方になったら収穫しようかと思っています。」
 いまはお昼前。あと4~5時間で、椎茸は更に成長するのだそうです。
 ハウス内はミストを出したり、夏場はエアコンを入れたりする事で、湿度と温度を調節し、椎茸の成長を促したり制御したりします。

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お父様が亡くなり急遽継ぐ事になった分、苦労も多かった。

「父が金属加工の工場を持っていたんですが、景気が悪くなってこのままじゃ駄目だと椎茸農家に転向して、ハウスなどの設備を整えたんです。ところがその矢先に突然亡くなって、それで私が急遽継ぐ事になったんです。」
 椎茸農家になって17~8年だそうですが、色々ご苦労もあったようです。また秋が収穫=出荷時期ですが、残りの時期は菌床を新たにしてじっくり寝かせる期間(これが半年)、成長と出荷の時期が残りの半年、ほぼ一年忙しいのだそうです。

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肉厚!!こんな立派な椎茸、久し振りに見た。

 こちらで生産された椎茸は、町の直売所等をはじめ、町外のスーパー等にも出しています。その椎茸は、見てお分かりの通り、大きく肉厚です。
「毎日見ているから、特に食べたいとは思わないですよ。」
と笑うご主人ですが、それでも好きな食べ方は
「椎茸を焼いて、塩をぱらぱらっとかけると、美味しいですね。」
だそう。すると奥様が焼いてみて下さったのです。

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奥様が焼いて下さった。これで晩酌するという。

「もう一つは、マヨネーズに醤油を垂らしたものです。」
と奥様がもう一つのお勧めも一緒に出して下さいました。ご覧ください、笠の内側に、椎茸から出た汁が溜まっています。
「これが出たら、出来上がりのサインです。」
 では早速、塩のみの方から…。むほっ!焼いて汁が出た分、茸自体の旨味もぎゅっと濃くなって、シンプルに塩だけなので、その旨味が引き立ちます。引き立つ旨味たっぷりの美味しい椎茸だからこその味わい方です。
 続いてマヨ醤油の方も…。むふふふ♪醤油の香りとマヨネーズのコクが合わさって、椎茸を噛む度に出て来る美味しさと素晴らしいハーモニーを奏でます。
 しかも肉厚の椎茸ならではの、歯応えと旨味の強さよ!これはお酒が進みますね、とご夫婦に伺うと、お二人とも笑顔で頷いていらっしゃいます。

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突然の訪問にも関わらず、有難う御座いました♪

 町の農産物直売所や町内外のスーパー(郡山市にも出しているそう)で手に入るそうです。パッケージに「県南サンマッシュ」とあったら、こちらの農家の椎茸です。育ち具合を手に取って確かめてみては如何でしょう?(11月10日のブログにつづく)

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2020.11.10with a camera in Asakawa Town 3

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こちらが、花火に因んだ一品を出すという「まるみ」。

(11月12日・11日のブログの続きです。)
 お昼を過ぎました、美味しい椎茸を頂いたあとは、浅川町で有名な花火に因んだでっかいエビ天丼を出すお店に行きましょう。
 メニューにも色々あるのですが、でっかいエビ天丼とはこちら。

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因みに海老一本の「半ジャンボ天丼」(1500円)もある。

 「特製ジャンボ天丼(特大海老二本)」2300円です!メニューにはかき揚げ丼の「三寸玉」からうな丼の「八寸玉」、うな重の「尺玉」等、花火関連の“サブタイトル”がついています。

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まるみのご主人。花火の尺玉から、発想を広げたという。

 ご主人曰く、
「浅川町の花火になぞらえて、八寸玉じゃないですが、大きな海老をのっけたジャンボ天丼を作ろうと、町おこしの中で考えたのがきっかけです。」
 それにしても、頭から尾まで八寸(約24cm)ありそうな海老が2尾ですよ。更にカボチャや茄子、海苔、アスパラガスと、季節の野菜も含めて4種ほど載るそうです。

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海老が自らの重さでたわむ。

 まずは身だけで五寸はありそうな海老から…。もぐもぐ、何と噛み応えのある、身の太い海老だこと。その旨味・甘みがしっかり味わえます。そして衣についたたれの甘辛さが、淡い甘さ・淡い辛さと言ったら良いのか、非常に濃さ・按配が好いのです。しつこくなく、薄すぎず、素材の味と調和する感じ。これが2尾ですから、ジャンボの名に違わぬ丼です。

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身が太い。食べ応え抜群だ。

「結構、ご年配の方が1人でぺろっと召し上がりますよ。」
との事。私は食べきれるか心配ではありますが、それにしてもこのたれの濃さがちょうど良い。これについて聞くと、
「お客様を見て加減します。」
 やっぱり…。

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お頭。上を向いているのも、何だか縁起良さそう。

「お年を召した方はあっさりめに、若い人にはちょっと濃いめに。」
 では、私は?
「ちょうど真ん中です。」
 そうですか(ほっ…)、道理で舌に合うのは、食べる人に合わせていたからなんですね。
 海老の頭はどうしましょう?

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客を見てたれを調整…さすがご主人。完食できました。

「みそを食べる方や、中にはばりばり行く方もいます。ただ、相当歯が丈夫じゃないと…。」
 また飼い猫にお土産に持って帰る方もいるそうです。私は…頭も尾も食べるのを諦めました(^-^;。
 それでもお漬物が口をさっぱりさせてくれる上、ご飯の量が天麩羅のボリュームに比べて程よいので、意外にも私も完食できました。美味しさに加え、ご主人のたれの按配のお陰もあるのでしょうね。

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こちらの店にも、花火のからが…。ウイルス退散!

 お店の窓には、魔よけの花火の「から」が下がっていました。
「あれは直売所のあさマルシェで大小様々買えますよ。新型コロナウイルスの影響か、結構売れているみたいです。」
とは地元の人の情報です。

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ほっこりする出会いのあった浅川町でした。

 今回の浅川町の旅は、第一町人との出会いを切っ掛けに、学法石川高校の野球部・サッカー部の現役・OBらと出会い、また町の美味しい農産物や名物料理に舌鼓を打つ事が出来ました。それもこれも、町の人の「優しさ」「面倒見の良さ」のお陰です。
 そして銀杏下の親子の姿にもほっこり。気分はこの日の空のように晴れやかで、多くの温もりに触れる事の出来た旅でした。

 この週末は、しなだマンが川内村にお邪魔します。宜しくお願い致します。

(浅川町篇は、ここまで。同じ11月12日に『ゴジてれChu!』 内で放送した「バンデス×Chu!」の「浜街道手ぬぐい帖」については、このあとの11月9日のブログをご覧くださいませ。)

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2020.11.09a trip with “tenugui” , a Japanese traditional towel

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スタンプが押せる所にある、手ぬぐいと同じデザインのパネル。

 夕方にお送りしている『ゴジてれChu!』内で、宮城と結んでお伝えする木曜名物コーナーが「バンデス×Chu!」です。11月12日には福島から、浜街道手ぬぐい帖をご紹介しました。今回、その前の「ぶらカメ」に続いてリポートを担当したので、そのロケ内容とこぼれ話を書きたいと思います。

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今回は、道の駅ならはをスタート地点に選んでみた。

 旅巡りの楽しみの一つに、「足跡集め」がありますね。御朱印帖や、ご当地限定のいで立ちをしたキュー〇ー人形、スタンプラリーなど…。今回は、そのスタンプラリーを福島県内の浜街道(浜街道とは東日本の太平洋側に面した、国道6号の東京から陸前の岩沼辺りまでを指すそうです)で実施しているのですが、ちょっと変わっているのはその台紙が「手ぬぐい」という事。その浜街道の観光スポットを訪れて、スタンプを自由に押して、自分だけの手ぬぐいを作ろうという企画です。ですから必ずしも観光スポットのある市町村の所に押さなくても良し、また同じスタンプを複数個押すのも自由、というアイディア次第で手ぬぐいのオリジナリティ度がどんどんアップするスタンプラリーなのです。

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物産館入口そば。農産物が並ぶ。

 今回最初に向かったのは、スタンプが設置されている場所の一つ、楢葉町の「道の駅ならは」です。こちらは物産館と、温泉や食事が楽しめる施設等に分かれていて、物産館は今年の6月にリニューアルされたそうです。
 朝10時に伺うと、入口入ってすぐの所にはとれたて野菜が並んでいますが、少々少なめ。もしかして早くも売れた!?道の駅の方に伺うと、

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楢葉町産の新米も入荷している。

「実は土日にお客さんがどっと来る関係で、農家の皆さんも土日に一番量を多く持って来られるんです。なので月曜は入荷量が少しだけ減るんです。」
 とはいえ野菜はあるので、撮影の準備中にも野菜が次々に売れていきます。

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こちらが”台紙”の手ぬぐい。

 浜街道手ぬぐい帖は、会計テーブルの所に置いてあります。税込みで1枚550円です。
「段々売れ始めていますね。」
 認知度が上がってきているようです。我々は手ぬぐい帖を買って早速スタンプラリーをスタートさせますが、勝った直後は形を整えておくために仕付け糸で一部止められている状態です。私達と同じようにスタンプラリーを買ってすぐ始める方は、買った際に店で仕付け糸を切ってもらうと好いと思います。

 そしてやはり楢葉町に来たら、マミーすいとんは是非食べたい一品です。

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マミーすいとん定食(650円・税込み)

 この「マミーすいとん」は、楢葉町と広野町に跨るサッカーナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」に、フィリップ・トルシエ監督時代の日本代表が合宿した時の事、楢葉町の町おこしも兼ねて
振る舞ったすいとんの味が「おばあちゃんの(スープの)味に似ている」とトルシエ監督が気に入った事から、「マミーすいとん」と名前がつきました。道の駅ならはのフードコートには、「マミーすいとん定食」があります。すいとんのほかに、ご飯・お新香・コロッケ・副菜(ロケ時は切干大根)がついて、650円(税込み)です。
 まずはすいとんから…。一口サイズで、しなった形で茹でてあります。…むほっ!もちぷるの食感が好いですね。そして平たいもののしなった形なので、汁が絡みやすいのがまた嬉しい。
 中には鶏肉もごろごろっと入っています。こちらもごろっと一口より少し小さめの大きさでカットしてあるので、食べ応えと鶏の旨味が味わえます。ほかにも牛蒡・椎茸・人参・葱などが入っていて具沢山です。

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すいとんは一口サイズ。しなった形で汁がからむ。

 汁をすすると…椎茸や鶏の良い旨味、牛蒡や椎茸の香りがたまりません。鶏肉から脂も出ていて、温まる一杯です。
 また添えられているコロッケには、町特産のゆずの皮が入っています。その香りとさっぱり感が、揚げ物の油っぽさを軽減させ、しつこさを感じずに頂けます。
「コロッケは、町のお母さん手作りなんですよ。」
 すいとんと相まって、素朴で優しい味わいです。ほっこりする定食でした。
 物産館の隣のフードコートで食べられ、営業時間は昼11時から夜8時まで(オーダーストップは夜7時半)。年中無休です。

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サッカーナショナルトレーニングセンター「Jヴィレッジ」。日本代表なども合宿を行う。

 スタンプを押し(写真を撮るのを忘れました…)、続いてはJヴィレッジへ。こちらには芝のピッチが天然・人工合わせて10点5面、更にスタジアムに天然芝ピッチ1面があり、立冬を過ぎた今も青々とした芝がフットボールを愛する者の来訪を待っています。
 管理棟の4階には、蹴球(サッカー)神社があります。折角なので、お祈りしましょう。

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Jヴィレッジにある「蹴球神社」。右下に写っているパネルで、Jヴィレッジの足跡を辿れる。

 この時お願いしたのは、「学法石川と仙台育英が勝ち進んで、決勝で対戦しますように。」今年度の全国高校サッカー選手権大会の福島県・宮城県代表の2校の活躍を祈念しておきました。

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自撮りをしてみた。

 で、Jヴィレッジのスタンプはその蹴球神社の脇にあります。お願いをしたら、スタンプを押して、自撮り写真をぱちり。私は普段自撮りをしないのですが、挑戦してみました。如何でしょう?スタンプは、巧くJR常磐線の路線上をドリブルしているように押せました♪

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蹴球神社のある4階からの景色。ピッチが一望できる。

 因みに蹴球神社のある4階からは、ピッチの眺めが良い他、震災前後のJヴィレッジの歴史(原発事故の収束拠点の時期の写真を含む)が分かるパネルも展示されています。是非そちらもご覧になって、震災・原発事故の時期を含めたJヴィレッジの歩みを感じて頂けたらと思います。

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アクアマリンふくしまが誇る「潮目の大水槽」。

 続いては、南下していわき市に行きました。
 アクアマリンふくしまは、いわき市にある水族館です。中でも潮目の大水槽は、寒流・暖流のぶつかる常磐沖を表現してあり(左手が寒流の親潮、右手が黒潮側)、寒流・暖流の境が三角形のトンネルになって抜けられるものです。
 その暖流側に、新たに加わったお魚がいます。カジキです。

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国内ではここだけ、バショウカジキの泳ぐ姿が間近で見られる(中央。水槽の水面側から)。

 アクアマリンのスタッフは、
「バショウカジキを展示しているのは、国内ではここだけなんです。」
と胸を張ります。
 国内だけの展示と言えば、サンマ(水槽などにぶつかると傷つきやすく、飼育が難しい)もアクアマリンふくしまが初めて展示に成功しました。
 背びれがあんなに大きいのは、初めて知りました。やはり泳いでいる姿が見られるから、ですね。ただカジキって、吻とよばれる槍のようなとがったものがあると思ったのですが…。
「実はどこかにぶつかったらしく、折れてしまったのです…。」

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カメラマンも、目の前を泳ぐのをバッチリ捉えた。

 水槽での飼育が大変な理由の一つは、それなのでしょうね。ただ元気に泳いでいたのでほっとしました。
 潮目の大水槽は、水面に近い高い方からも見られますが、
「カジキは上の方で泳ぐ事が多いので、巧くいけば水面側の方が近くで見られますが、鰯の群れに埋もれてしまう場合もあります。」

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下から見たバショウカジキ。どうしても距離がある。

 下の方からは、どこにいるか見つけやすいのですが、上の方を泳ぐ時間が長いので、カジキまでの距離はあります。折角なので両方からじっくり見てみて下さい。

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「ヘミングウェイのメカジキメンチ」(セット1000円、単品600円・税込み)

 因みに館内では、カジキメンチを食べる事も出来ます(単品600円、セット1000円)。いわき市ではカジキを美味しく頂こうと、カジキメンチなどのご当地グルメを推進しているのです。

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ふわふわの食感で、これが美味しいのだ。

 優しい酸味のあるエスカベッシュソースがかかっていて、身はふわっふわ。白身なので油と相性が凄く良い。美味しいので、一度はカジキメンチを食してみる事をお勧めします。

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フードコート内から。表情が少し硬い。

 最後は出入り口付近に設置してあるスタンプを押します。絵柄はシーラカンス。ここアクアマリンふくしまはシーラカンスの研究をしていて、アクアマリンのキャラクターもこのシーラカンスをモチーフにした「権兵衛(ごんべえ)」(シーラカンスで有名なコモロ諸島での呼び名「ゴンベッサ」がその名の由来です)にしているほどです。
 晴れていたので、太平洋をバックにして一枚。次が、ロケ最後の場所です。

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夕暮れ時、夜明け市場が始まる時間帯だ。

 お酒が好きな私にディレクターが忖度したのか、最後に選んだロケ地はいわき市の中心部、JRいわき駅から徒歩3分の「夜明け市場」。震災からの復興を願う店が集まった飲食店街で、11店舗が営業中です。
 夜明け市場の壁には、お店の方の似顔絵が描いてあります。皆さん、良い笑顔です。どんな料理やお酒が出て来て、どんな話が出来るのか、想像しただけでも楽しくなってきます。

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真ん中の方が、お店を営む高木さん(の似顔絵)。

 今回はこの写真の真ん中の方が営むお店、「いわき郷土料理 和歌」にお邪魔しました。
 お店を営む高木さんは、ご自身でも柚子やかぼす等を育てています。

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季節の一品(550円・税込み)。

 その日のメニューは手に入る材料で変わるそうです。この日は市内のファーム白石が生産しているいわき長兵衛という里芋が手に入ったので、里芋の素揚げが用意されていました。皮も美味しいという事で、皮付きは塩で、皮無しは柚子味噌で頂きます。まず皮無しを…一噛み目はほくっとした食感ですが、二噛み目からは里芋らしいねっとり感が出て来ます。そこに柚子味噌の甘辛味と柚子の爽やかさが相まって、里芋の味わいに深みが出ます。そして皮付きは…皮の付近が美味しい。香りが強い。ちょっとジャガイモの皮に厚みを持たせた感じでしょうか。

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こちらも季節の一品「手羽大根」。

 そして手羽大根。大根の美味しい時期に登場します。高木さんお勧めの一品でもあります。大根は…味が染み染み。手羽も鶏の旨味とつゆの美味しさが調和して、ああお酒が進みそう。

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目光の寿司(5貫750円~時価・税込み)

 また新鮮な目光が入った時に出て来るのが、お寿司です。しかも握った後に目光は炙ります。五貫で750円から(時価による)。頂くと…とろんととけるような目光の舌触り。そこに炙った香ばしさが加わり、淡白と言われる目光の旨味・甘みが強く感じられます。しかも辛子を漬け込んだ醤油をかけてあるので、ぴりっと味が締まるのです。私個人的には、揚げたものや生そのものよりも、美味しく感じられました。目光の美味しさの新たな発見です。

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「いわき郷土料理 和歌」の店内。

 更にお酒も、お店オリジナルのものがあります。くまずみ(こちらでは「よつずみ」、高木さんは「よっつずみ」と呼んでいるそうです)を砂糖に漬け込んだものを酎ハイに入れてレモンを載せた、「発酵酎ハイ」。これが、円やかな甘さをレモンの酸味がさっぱりさせて、くいっくいいける酎ハイです。高木さんはくまずみ以外の実でも砂糖で発酵させたものを用意しています。またお酒が飲めないに人は、ジュースとしても出しています。
 海の幸だけでなく陸(おか)の幸も味わえ、いわきという土地の豊かさも感じられます。

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美味しいお酒、美味しい地の物が楽しめる。

 「いわき郷土料理 和歌」は、午後5時~11時(ラストオーダー)。日曜、第3月曜がお休みです。

 今回手ぬぐい帖を持って回ってみて、観光スポット1か所だけじっくり楽しむのも勿論良いと思いますが、折角出かけるならお目当てのスポットの近くや経路の観光スポットも寄ってみたい、そのヒントや切っ掛けにスタンプラリーはなるなと思いました。しかもスタンプや手ぬぐいが手に入るのが期間“限定”というのも、魅力の一つだと思います。

 スタンプラリーは来年3月21日まで、専用手ぬぐいは10か所で買う事が出来ます。詳しくは「浜街道手ぬぐいスタンプラリー」で検索してみてください。

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2020.11.03art in autumn

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廃校の校舎を利用した西会津国際芸術村(撮影はロケ当時)。

 3日は『ゴジてれChu!』が柳津町にお邪魔して、全編柳津町からお送りしました。それに因んだ休日の話。

 先月の休みに、以前取材でお世話になった所へぶらっと遊びに行ってみた。
 1か所目は、西会津町の西会津国際芸術村。詳しくは今年の10月14日のブログを見て頂くとして、きのうまで公募展が開かれていて、「ぶらカメ」のロケでは展示準備中の建物の中を取材させて頂いたのだ。ただその際はロケなので、カメラで撮影が終われば次の話題を探しに町内をぷらぷらしに行かねばならず、あれだけ魅力的な展示会なのにじっくり味わう事が出来なかった。その満たされなかった欲求を満たしに、車を走らせた。
 ただ、自宅のある郡山からだと結構時間がかかる。私は普段高速道路を使わないので、下道で2時間以上。雨の中音楽を流しながら、ロケで訪れた国際芸術村へ。平日にも関わらず、何人かお客さんも来ていた。芸術村の方から、
「放送後は、来る方も多かったです。」
との言葉を頂戴。放送した喜びを実感する。この公募展の魅力を、そして廃校となった校舎を活用した芸術村の風情を、視聴者の皆様にそれぞれ味わって頂けたなら幸いだ。

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公募展の頃の2階廊下(撮影はロケ時)。

 絵の飾られた廊下の風景も、どちらの廊下の端から見るかで全く違う。勿論絵自体も魅力的で、結局廊下を2往復しながら、芸術村の公募展の絵と風景と雰囲気を堪能した。また会場の一角では審査員が作品の魅力を紹介する動画が流されていて、それを聞いてからまた絵を見ると、理解や魅力が深まった。
 気がついたら1時間以上絵を楽しんでいた。運転の疲れもあり、1階の自分カフェで無料でコーヒーを一杯。ふぅぅ…このまったりした時間が至福。自分カフェの別の席では、芸術村のスタッフが、今後の企画等の話し合いをしている。次はどんな企画が生まれるのかな。

 昼を過ぎてお腹が空いたので、車に戻ると前日の天栄村の中継に行った際に道の駅で買った、天然酵母のパンや、メープルシロップを練り込んだパンを齧る。天然酵母のパンは、独特の酸味がたまらない。メープルシロップのそれは生地もしっとりして、パンそのものの美味しさを堪能。

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斎藤清美術館。

 続いて向かったのは柳津町。以前木曜中継をした際にやないづ町立斎藤清美術館の方が出演し、この秋の企画展「齋藤清が見た日本 求め続けた会津 KIYOSHI’S RETURN HOME」を紹介していたのだ。中継の中でポスターに使われている絵の黄色のパズル模様は「秋の田んぼ」だと仰っていたのが印象的で、実物を観に行きたくなった次第。
 齋藤清は会津坂下町に生まれながら、幼少の頃に北海道に引っ越して以降、会津を再訪したのは30歳の時。その後度々会津を訪れるものの、実際に移住したのは80歳になってからだった。斎藤清は「故郷」会津をどのように捉えていたのか?それを、会津を描いた作品と、会津以外を描いた作品とで対比し、浮かび上がらせていく。この企画はなかなかに味わい深く、会津の絵にあって、会津以外の絵に無いものが見えてくる。
 それにしても齋藤清の作品は、明暗と色使い、そしてデザインとしての構図の捉え方がとても魅力的で、私は惹かれる。例えば柿の実―写実的にはあんなに小さく、あんな生り方はしないのだろうが、柿がある事で生まれる絵の奥行きとアクセント―、例えば蔵の白壁の剥落―模様の面白さと捉える視点―、例えば家を圧し潰すのではないかとも思わせる茅葺き屋根の大きさ―その存在感と重圧感とバランスの妙―、例えば雪の陰影や洗濯物―差し色として、そして人の営みとして―…。

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美術館の中から見える柳津町の風景。美術館の世界と外を繋げてくれる空間だ。

 しかもここの美術館の魅力は、斎藤清の描いた風景が美術館の外にそのまま広がっていて、美術館と外の世界との境界線が無い事だ(これは齋藤清の作品を所蔵している福島市の県立美術館とは、立地条件的には世界の拡がりが違う)。美術館の中からも柳津町の外の風景が大きなガラス窓から眺められる。作品の余韻に浸りながら、のんびり眺められるのも好い(特に伺った時のような雨の日は、雨に濡れる心配なく見ていられる)。

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斎藤清アトリエ館。美術館にほど近い。

 ポスターとなっている絵の田んぼもかなりデザイン化されているが、こういった言わば「細切れの田んぼ」は、美術館の外を車で走ってみると、今でも残っている。僅かな土地でも田畑にして日々の糧を育てたい、そんな会津の先人の苦労と努力の跡が今も町内で散見できる。そんな発見があるので、ドライブも楽しみが増える。
 ついでに近くにある齋藤清がアトリエとして使っていた「齋藤清アトリエ館」も見に行った。美術館の開館日に開けているそう。何でも親族が齋藤清の為に部屋を提供したという。

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作品制作の間。

 作品を描いた部屋は、一部貴重な史料を除いてそのまま保存されている。
 また部屋からは柳津町の風景が四方望める。このあとに載せた2枚の写真のアングルは、実際に作品にもなったそう。

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絵のモデルとなった風景(アトリエ館から見える)。

 そんな作品と出会う偶然も、ここアトリエ館に来ておけば、いつかは訪れるかも?!
 アトリエは3階まであるが、晩年まで齋藤清は1階とを行き来していたという。

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絵のモデルその2(同じくアトリエ館より)。

 アトリエ館は美術館のすぐそば。駐車場は狭いので、斎藤清美術館に隣接する道の駅などに車を置いて、歩いていく事も出来る。

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企画展は29日まで(ポスター込みの写真は、美術館の許可を得て載せております)。

 さてこの企画展とともに面白かったのは、同じ美術館内で開かれている「やないづの家宝展」だ。町民の家に残る漆器や民具といった「家宝」を展示し、その持ち主に「家宝」に関する思い出話や、故郷に関する想い等を聞いている。個人的に一番興味深かったのが「おしめ様」。桑の木の棒に年に2枚の布切れを「服」として着せ続けていくものなのだが、その言われや、何よりエピソードが面白い。車が動かない話は、柳田国男の『遠野物語』くらい面白い。柳津町や会津、いや福島県の埋もれつつある素晴らしき文化は、今回の「家宝展」のような形を一つの例としてもっともっと掘り起こされ、ずっとずっと記録に残すべきだ。今回これを企画したのは、地域おこし協力隊の方々。その着眼点に敬服するとともに、今回の家宝は町の宝であると思った。時間の無い方は展示してある文字ベースのエピソードだけでも十分面白いのだが、今回「家宝」を展示の為に提供した持ち主が、もっと多くの事を語っている映像も見応えがある。時間のある方はそちらも併せて見て欲しい。映像の下には時間のバーが出ていて、映像の残り時間の目安になっているのも嬉しい。
 この企画展は、11月29日まで開かれている(月曜休館、23日は祝日のため開館し翌24日休館)。雪道運転が心配な方も、この期間中なら比較的安心して行けそう(と言っても、先日会津では雪の降った所もありました。ご注意を)。

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