アナウンサー

アナウンサー日記

感想・メール

2019.08.30Thank you for your donation.

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今年の24時間テレビのローカル番組は、小野アナと担当。

 今年も24時間テレビにご参加・ご協力下さり、また番組をご覧いただき、有難う御座いました。個人的には、5円玉を紐で結んで兜の形に作って持ってきて下さった方には、びっくりすると同時に見応えのある募金で、かけて頂いた時間と情熱と器用さに、感銘を受けました。
 また小野アナとローカル番組の進行をさせて頂きました。久しぶりの24時間テレビの進行でしたが、スタジオを飛び出して、直接視聴者を前にしての進行は、皆さんの反応を楽しんだりどきどきしたりして、自分としては面白かったし、リフレッシュ出来ました。

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25日(日)、ごみ拾いのスタッフと。皆、好い表情しています。

 後輩の直川アナは、県内5つの海水浴場のごみ拾いと、4日間で2つの海水浴場と郡山市のビッグパレットを結ぶ88kmを歩いてごみ拾いをしました。小・中・高と8年間陸上部に所属した中・長距離ランナーだけあって、「88km歩くだけなら自信はある。ただごみを持ちながらというのが、特に重くなった場合不安」と出発前話していました。頑張りすぎたのか、3日目に左足の筋を痛めましたが、ちょうどごみ拾いに出発する前日に実家からお守りが送られてきたそうで、そのお守りを、痛む左足側のポケットに入れて、最終日見事ごみを拾いながら歩き切りました。後輩ながらよくやったと思います。

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今年も私の習うフラスクールから募金をお預かり。持ってきて下さった勇太先生と。

 そして私事ではありますが、私の趣味のフラダンスを習っている教室の皆さんから、今年も24時間テレビに善意をお寄せ頂きました。毎年持ってきてくださいます。「今年は回れた教室が少なかった」との事ですが、いえいえ、有難い限りです。総額40379円の浄財を寄せて頂きました。確かにお預かり致しましたよ。

 皆さん、今年も有難う御座いました。また来年も、宜しければご協力の程、お願い申し上げます。

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2019.08.29with a camera in Kawamata Town 1

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今回は、川俣町でぶらぶら…

 『ゴジてれChu!』木曜恒例の「ぶらカメ」のコーナー、今回は県北の川俣町(かわまたまち)を回ってきました。そのこぼれ話です(今回も、日付を遡る形で、数日分に分けて綴ります)。

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2階に「かいてん焼」の看板(「ん」が太くて大きい)。かいてん焼とは…?

 今回は24時間テレビが土日にある関係で、23日金曜日の平日にロケです。しかも学校も始まっているので、出会いは少ないでしょう。1回1回の出会いが貴重です。
 午前10時頃に川俣町に着いて最初に目にしたのは、「かいてん焼」という看板のあるお店です。

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御主人。仕事中にも関わらず「カメラもって回るやつでしょ?」ご名答!

 かいてん焼とは、一体どんなものでしょう?作業中のご主人に話しかけると、
「あら、徳光さんだ。中央テレビはよく見るんです。」
と嬉しい言葉。お仕事中にも関わらず、取材に応じて頂けました。
 まず「かいてん焼」とはどんなものか伺うと、

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手前には、所謂「大判焼き」を焼く機械が。写真はたこ焼きを作っている最中。

「所謂大判焼きの事で、うちではそれを『かいてん焼』と言っているんです。」
 確かにご主人の手元を見ると、よく見る大判焼きを焼く道具が見られます。でもどうして「かいてん焼」なのでしょう?するとご主人が、店の裏へ案内してくれました。

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店の外に、何やらまる~いものが…。

「昔はこれを使っていたんですよ。」
 それは、「かいてん焼」を焼く為の板でした。
「今はガスですけど、昔は豆炭(練炭)で、その上にこの板を真ん中の軸にさして載せて、回転させながら焼いたんです。」

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中心の軸に円盤をさし、時計のように回しながら焼いた、だから「回転焼き」。なるほど~!

 こちらの店では50年以上前、お父さんの代から「かいてん焼」を作り続けているそうで、昭和30年代まではこの回転する板を使って焼いていたそうです。昭和42年生まれの私が見た事が無いのも、無理はありません。私の小さい時には、既に大判焼きの板は据え置き型で、2列や4列に丸いくぼみが並んでいたものです。回る板はスペースが余計に必要ですから、今の大判焼き用の板は効率的に出来ていますよね。なるほど「かいてん焼」の名前の由来はよく分かりました。

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かいてん焼は1個100円!安い上に、美味しい。

「餡子は、北海道の小豆を取り寄せて、うちで作っているんですよ。あすは五升分作ります。」
 何と「かいてん焼」の餡子は自家製。そのほか白あんやチョコ等5種類の中身があり、どれも100円(税込み)です。
「ただ売れるのは秋から春で、今の時期は余り出ないんですよね。なので夏は3種類に絞って作っています。」
 暑い時期は小倉あん・カスタードクリーム・ハムからしマヨネーズを販売中。私は自家製の餡子と聞いてオーソドックスの小倉あんを頂く事に。……生地がふわっとしていて、中の餡子はぎっしり入っています。優しい甘さながらたっぷりの餡子で、食べ応え抜群です。
「若い人には、『ハムからしマヨネーズ』が人気なんですよ。」
と言って、勧めてくれました。こちらは、ハムの旨味と、からしマヨネーズの柔らかい辛さと酸味がよく合います。しかもこの味だと、生地のほんのりついた甘さも引き立ちます。スイーツというより、ファストフードっぽい感じです。
「出来立てだと、マヨネーズが柔らかくて中から出て垂れて、若い人が制服のズボンを汚しちゃう事もありますね。」
 こうして「かいてん焼」は多くの地元の人に親しまれているんですね。店内には店に来た子どもと撮った写真や、食べた子どもからのメッセージが貼られています。
「帰省した人が、『懐かしいから』と川俣を離れる前にお土産で買っていく人もいますね。」

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御主人、店の前の広瀬川に出ると、かいてん焼をちぎっては投げた。

 まさに川俣の懐かしの味の一つなのでしょう。因みにご主人がもう一つ焼いているのは、たこ焼き。まん丸でなく、ちょっと鈴のような形をしている理由は、ご主人も「よく分からない」そうですが、お父さん譲りの作り方だそうです。食べると、中がとろっとしていて、その中から歯応えと存在感のあるタコがこんにちは。しかも「味付きタコ」を使っているので、最後にタコが口の中に残っても、噛むたびに旨味が出てきます。

 話も一段落すると、ご主人、店の前の川に向かい、「かいてん焼」の生地をちぎって川に投げます。川にいるのは…

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川には1羽の鴨が。上手に啄む。多い時には20羽以上集まる。

 鴨です。
「きょうは1羽しかいないけど、多い時は20羽以上いますよ。」
 鴨は川上に投げ込まれて流れてくるかいてん焼の生地を、水中に嘴を突っ込んで巧く食べています。この日はまさに独り占めです。それにしても、かいてん焼を食べられるなんて、鴨の舌も肥えちゃいますね。
 隣にいらっしゃる女性は、奥様。すると
「隣で、喫茶店をやっているんです。」

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「アリカ」と「かいてんや」は、扉1枚開ければ行き来できる。

 喫茶店「アリカ」と「かいてんや」は、同じ屋根の下の店。境の戸を開ければ、お互いの店を行き来できるのです。折角なので、後程お昼ご飯で伺う事にします。

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わざわざ、電話でアポをとってくださるご主人…。

 さてお二人に川俣町に何か話題が無いか伺うと、
「『コスキン・エン・ハポン』を実施している人の一人を知っていますよ。連絡をとってみますか?」
との事。ご主人が電話をかけて下さり、承諾をとってくれました。
「この近くなので、案内しますよ。」
と、わざわざその方の所まで連れて行って下さいました。

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店をあけて、わざわざ案内まで…。ご主人の優しさに、感謝!

 『コスキン・エン・ハポン』とは、川俣町で開かれている南米音楽のフォルクローレ(民族音楽)の祭典の事で、今年で45回目を数える催しです。コスキンとは、南米アルゼンチンの町の名前。こちらも南米音楽の祭典で年に1度賑わう町で、しかも人口等川俣に似通った部分もあるとの事で、「日本のコスキン」と位置づけ、その意味のスペイン語『コスキン・エン・ハポン』と名付けて、愛好家の集まる祭典を開いてきました。その南米音楽の愛好家で、祭典の発展に力を尽くしてきた人の一人が、こちらの齋藤さんです。

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「コスキン・エン・ハポン」の実行メンバーの1人、齋藤さん。快く色々教えて下さった。

「最初の年は13団体が参加したんですが、いまや200団体を超えます。審査などは一切しません、演奏のレベルも関係ありません、参加したい方が皆参加できるのが、コスキン・エン・ハポンの特徴なんです。」
 その為1団体2曲10分までと決められていますが、それでも参加する団体は増え続けています。
「学生の頃に南米音楽のサークルで参加した人が、就職でばらばらになっても、ここに来れば知っている人に再会できるんです。コスキン・エン・ハポンは、フォルクローレが好きな人の『出会いの場』、そして『再会の場』なんです。」
 今年はメーン会場以外にも会場を設けて、開催するそうです。街歩きをしながら、南米音楽を楽しめます。

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ケーナを吹く齋藤さん。綺麗な音色を奏でる。

 なお今では川俣町の子どもは、小学4年になると授業で縦笛「ケーナ」の吹き方を教わります。
「川俣で生まれ育った今の30代より若い人は、必ずケーナを吹きますね。」
 その為、川俣町の小学校に勤務する先生は、児童に教える前にケーナを習うそうです。児童もほとんどの子が1回の授業で吹けるようになるとか。
「徳光さんも、やってみませんか?」
 しかし、巧く音が出ません。
「頬は膨らませない方が好いですよ。」
と教えてくださいました。息を中に強く吹き込むと、たま~にですが、ちらっと音が出ます。その時は、息の「抜け」が凄く良いんですね。これが続くと演奏に繋がるのでしょうが、その「ツボ」がなかなか掴み切れません。齋藤さん曰く
「う~ん、センスの問題だね、あっはっは。」
と冗談めかして(?)鋭い指摘が…。結局何回か、数秒に分けて、それらしい音が出ただけでした。

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ポンチョを着た齋藤さんが私に勧めたのは、チャフチャス。

 齋藤さんはその後、我々の無茶ぶりに応えてくださり、本場のポンチョを着て演奏してくださいました。
「徳光さんは、これをどうぞ。」
 リズムをとる楽器「チャフチャス」です。ヤギの爪で出来ているそうで、一個一個の中の空洞に響いて、乾いた高い音が出ます。いわば、カスタネットやタンバリンの類ですね。

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齋藤さん、『コンドルは飛んでいく』を演奏。私は右手でシャッターを切りながら、左手でチャフチャスをちゃっちゃっ…

 私は齋藤さんの演奏に合わせて、チャフチャスを振ります。斎藤さんの音色も素晴らしければ、見た目もまさに本場、目の前にコスキンが出現した!という感じがします。一応、合奏できた…という事で好いですかね。
 ただ実はこの撮影場所では、私よりもずっとリズミカルな音が聞こえていました。機織り機の音です。(つづく)

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2019.08.28with a camera in Kawamata Town 2

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町の通りの「川俣」の看板。

 『ゴジてれChu!』の木曜「ぶらカメ」のコーナー、川俣町篇のパート2です(ブログの8月29日分の続きです)。

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町内に4軒だけ残る織物工場。かなり音が大きい。

 川俣町はその昔「絹織物の産地」として栄えていました。嘗ては最盛期で240軒ほどあった工場も、今ではこの辺りで4軒だけだそうです。

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すごい勢いで回転している。

 外から聞くとかたかたがたがた心地よい音にも感じられますが、工場の中に入ると、人の声が聞こえない位、意外に大きい音です。

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左右に触れて、どんどん織りが進む。

 それでも機械は精密に、素早く前後左右に機を動かし、せっせと織っていきます。一時はこれらが日本の産業や景気を支えていたんですね。

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齋藤さんもしっかり織れているか、覗き込んで確認中。

 南米と日本の、古くからの良き文化に触れたひと時でした。

 少々早いですが、アリカで昼食と参りましょう。

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アリカの中。カウンターの奥には、お酒が…。

 喫茶店と言っても夜は飲み屋さんにもなるお店。カウンターの奥にはお客さんがボトルキープしているお酒も並んでいます。中には焼酎「銀座のすずめ」も…。ここ川俣町と同じ県北地方の桑折町でも、この銀座のすずめは人気だと言っていたっけ…(酒屋さんで朝から試飲させていただきました。2019年6月5日のブログをご覧ください)。県北の人は、好みが似通っているのでしょうか。

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手書きのメニュー札。「安い」「うまい」ビーフカレーセットが気になった。

 店内にはメニューが貼ってあります。個人的には一番高い位置に貼ってあって「安い」「うまい」と書いてある「ビーフカレーセット」が気になります。奥様が
「地元の中学生が書いてくれたの。」
と嬉しそうに話してくれます。さぞ美味しかったのでしょう…、ご主人曰く
「書いてくれた子は食べてないんだ。」
 あはは、イメージで書いてくれたんですね、イメージで。折角なので、ビーフカレーセットを頼みます。

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これがビーフカレーセット。よ~く煮込んであるのが分かる。

 暫くして出てきました!(ドリンクは、アイスだと50円プラス)。
 で食べてみますと…肉が柔らか~い。ほろほろ溶けていく感じで、よ~く煮込んであるのが分かります。カレーも後から辛みがくる本格カレー。確かに美味い。間違っていません。

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お新香はサービス。これはさっぱり、酒の肴にも合いますなぁ。

 またサービスで、きゅうりと生姜のお新香を出してくれました。きゅうりのさっぱり感と、生姜のぴりっとした辛みが効いて、カレーの箸休めならぬスプーン休めには最高です。

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奥様の手料理を「美味しい」というご主人。ご馳走様です。因みに後ろの開いている戸から、2つの店を行き来できる。

 奥様がご主人に望む事は、
「休肝日を設けてほしいかな…。」
 実はご主人、晩酌を欠かさないそうですが、一方の奥様は全く飲めないタイプだそうです。一方、ご主人に奥様の事を伺うと、
「料理が上手いんですよ。」
 料理が得意な奥様は、このカレーのような美味しい料理で、ご主人の胃袋を掴んだというわけですね。いつまでも仲良く、お幸せに…。

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道の駅川俣。

 さて町で車を少し走らせると、道の駅がありました。町の特産品が数多く集まっています。特に川俣町は「川俣シャモ」が有名で、とにかく肉の旨みが強い、美味しい鶏肉です。

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川俣シャモを使った「ソフトカルパス」。スパイスもきいていて、ビールにぴったりだぜ!

 新商品はこちらのカルパスだそうです。特別に頂くと、う~~ん、やはり川俣シャモを使っているだけあって旨みがしっかりしている。そこにスパイスと塩気が程よくきいていて、あーー、ビールが欲しい!

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うどんは、桑の葉を練り込んだものも。600円+税が、今なら540円(税込み)と1割以上お得。

 また川俣シャモのエキスを練りこんだうどんも、新しい商品だそうです。細めなので、スープを余計に絡めて、麺に入ったエキスとともに味わうと、美味しいのでしょうね。価格も今なら1割以上お得ですよ。
 ほかにも町内の名店の名品が並んでいます。店の人に話を伺うと、
「ここの飴も有名なんですよ。すごく種類が多いんです。」
と、入口そばの飴を紹介してくれました。

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入り口に並ぶ飴、飴、飴…。

 あらあら、何でしょう、30種類くらいは並んでいます。そういえば、このパッケージ、見た事があります。なぜって、『ゴジてれChu!』で取り上げた事があったお店の飴だからです。とにかくこの飴を売っているお店は有名で、ご主人も面白いとのこと。それでは、こちらの飴を売っている大元のお店へ行ってみましょう。(つづく)

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2019.08.27with a camera in Kawamata Town 3

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ここが、「東北一」の飴を売る「竹屋」だ。

 8月29日分のブログから続いてきました「ぶらカメ」川俣町篇こぼれ話も、これが最終その3です。

 先程の「かいてんや」からも程近い所にあるのが、「菓心 竹屋」です。創業明治20年の老舗で、元は和菓子屋だったそうですが、中に入ると…うわぁ、飴が何種類も並んでいます。

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竹屋四代目 穂積寿男さん。飴を語りだしたら、止まらない。

 こちらのご主人穂積寿男さんは、四代目。元は和菓子屋としてスタートし、飴作りは祖父の代から始まったらしく、今は常時50種類程の飴を販売しています。しかもその50種類程の飴に、人気で順位がついています。一番人気を伺うと、圧倒的に
「これだね。」

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不動の一番人気「しょうゆ飴」。220円。

と言って持ち上げたのが、しょうゆ飴。
「たまりせんべいの味がするって言うんだよね~。」
 頂くと、円やかな醤油の味に、程よい甘さとのバランスが最高です。
「もうとにかく色んな味を作ったよ。バター味をやろうとしたけど、飴って、溶かした温度は130度あるんだよ、バターを入れると焦げちゃって、鍋を一つ駄目にして大損よ。」
なんて失敗談も、包み隠さず話してくれます。

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男前飴を片手に、商品の魅力を語る。

「俺は、竹屋の飴は東北一、日本一と思っているよ。」
 そう自負します。そして地元の良いものを応援する為に、その食材で飴を作る事もあります。
「例えばこれ、面白いでしょう。」

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玉鈴醤油を使って作った飴を、醤油の瓶に入れた逸品。

 やはり県北の保原町(ほばらまち)で造られている玉鈴醤油を使った飴を、その醤油屋の瓶に入れたもの。
「これは瓶の口が狭いから、飴のサイズだって変えなきゃならない。大変なんだよ。」
 でもなかなか洒落もきいていて、面白いですよね。

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広野町の塩(海水からとったもの)と、それを使った塩飴。

「これなんかさ、広野町(福島県の沿岸部)で海水を煮詰めて作った塩だよ。広野町は原発が近いから、一時多くの人が避難して、でも頑張って作っているんだもん、これで飴を作ってみたかったんだ。」
 その塩を店頭に置くと同時に、その塩で作った飴も販売しています。

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会津山塩を使った塩飴。

 そのほかにも会津の山塩(塩分の入った温泉を煮詰めて取り出した塩。この塩を使ったラーメン等も有名)を使った飴など、塩飴だけでも複数の種類を作っています。ここまでくると、塩の作り手のこだわりと、飴屋のこだわりが重なって、唯一無二の飴に昇華されているのが分かります。これは種類も増えるわ。

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店の中央に、四方から見られるよう飴を積み上げている。お客さんは必ずこの「飴山」とも言うべき場所を一周すると言う。

 中には、逆に「この食材で飴を作って」と頼まれる事もあるそう。千葉の醤油屋に頼まれた飴なども作っているそうで、竹屋でその千葉の醤油そのものを販売し、飴は千葉の醤油屋だけで販売しているそうです。これも飴づくりの技術が確かだからなせる業。他にも複数の県外の店用に、その店の商品の味の飴を製造しているそうです。
 そして飴は、店内の中央に、いわば「飴の山」として並べられています。
「お客さんは必ずこの飴の処を一周するね。そういう楽しさが無いと…。」
とレイアウトにもこだわりを覗かせます。

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2位の「鉄砲玉」。鉄砲と絹織物の産地には、意外な繋がりが…。

「一粒で10分の幸せがあるのよ。」
 そう言って飴の魅力を力説する穂積さんは、飴を「子どものよう」と話します。
 鉄砲玉は、黒飴です。名前をどうしようか考えた時に、川俣町に因んだものとしてこの名前が浮かんだそうです。
「大きくて、黒くて…。しかも昔、織物を巻いた長い羽二重の事を、筒状の見た目から『鉄砲』と呼んだの。それで(絹織物で有名な)ここの町名も『鉄炮町』って言うようになったみたいだよ。」
 絹織物の産地だからこその地名。そこから浮かんだ、黒い「鉄砲玉」。なるほど、川俣町らしさがにじみ出ています。

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失敗があっての今。とにかく新しい飴を考え、作り続ける…。

 因みに順位はどこまで厳密なんでしょう?
「いやぁ、上位の人気の飴と、下位の飴はちゃんとした順位。なぜって、回転の速い(=売れ行きの良い)飴とそうでない飴があるから、作った量に対して売れた日数で割れば、順位はちゃんと見えてくるよ。ただ…20位以降の中盤は、大体の順位かな(^-^;)」
 商品名は、笑いを求めると意外に売れないのだとか。
「1位のしょうゆ飴と2位の鉄砲玉を合わせて作った飴。それで付けた名前が『アメとムチ』だったんだけど、全然売れないの。」
 売れると思って飴の名の入ったパッケージをいっぱい作って、売れずに余らせちゃった事もあるそうです。それでも
「突き詰めれば、このレベルまで行くのよ。」
 実はこの時、来客があったのですが、そのお客さんを待たせて飴の魅力を熱弁してくれました。

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四代目から洋菓子にも力を入れる。クリームがはみ出たら、訳あり品だ!半額だ!

 そして今のご主人の代からは洋菓子も作っています。こちらはクリームがはみ出ただけで、半額の特価品。味は同じ。これは出血大サービス。

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人気の「たぬきちゃん」。1個1個顔が違うのが、また良いのだ…。

 更にはケーキも売っています。こちらの「たぬきちゃん」は、ケーキ部門で人気商品。たぬきケーキは昭和生まれのバターケーキの1種で、今人気があるそうですね。栃木や岩手からわざわざ買いに来る人もいるとか。
「顔が一つ一つ違うでしょ。だから作るのが大変なんだよ~。」
 でもこの手作り感がまた、お客さんの目と気持ちを惹くのでしょうね。

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たぬきちゃん人気に続けと「きつねちゃん」も作ったが…奉仕品の方へ。

「んで、たぬきが売れるんだからって作ったのが、きつねちゃん」
 なぜかこの日は、「ご奉仕品」に回っていました…。たぬきちゃん人気には勝てないそうです。
 そしてショーケースを見ている私は、このケーキのこだわりも聞きたくなりました。
「このケーキの名前には、どんな意味が込められているんですか?」

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このネーミングセンスは、素晴らしい!「チュコ」の由来は……!?

 私の質問の意味を捉えかねたのか、怪訝そうな顔で、いつも売っているケーキのほうに顔を近づけるご主人。
「この『チュコモンブラン』の『チュコ』というのは…」
と尋ねるそばから
「あ、これは間違い。」
と言って、ご主人、ショーケースから顔を離して背を向けてしまいました。でも音の響きが可愛いじゃないですか。そしてご主人のあの熱弁ぶりから「これは間違い」といった時のそっけないまでの言い方の変わりっぷりも、可愛かったですよ。

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珍しい「榧飴」。実を存在感のある大きさで飴に練り込んだタイプも。

 そのほか紅白2種類入った「絹飴」や、碁盤将棋盤を作る「榧(かや)」の木の実を、しっかり煮て灰汁を抜いて練りこんだ、珍しい榧の飴(昔、榧の実は飢饉の時に食べたそう。ご主人曰く、榧の実を食べると元気になるそうで、食べ過ぎ注意だとか)なんて「変わり種」もあります。中には色んな種類を何十袋と買って贈る人もいるとかで、この日も2ケース贈答用の注文を受けていました。

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川俣町は良きものを守り、取り入れ、発展させる力を感じた町だった。

 川俣町は、絹織物にしても、かいてん焼にしても、古きよきものを大事に守りつつ、一方ではフォルクローレのような町にない新しいものを取り入れる柔軟さや好奇心も併せ持つ、発想豊かな地力を持つ町だと感じました。
 因みに今度の週末には、川俣シャモまつりが行われます。あの美味しい川俣シャモを長い串で通して丸焼きにしたり、焼き鳥にしたり…。圧巻にして、何て贅沢(想像しただけでも、じゅるると涎が出そうです)。
 そして恐らく川俣町が最も賑わうであろう「コスキン・エン・ハポン」は、今年は10月12日(土)から3日間行われます。フォルクローレを心から愛する人が、フォルクローレを応援する町に集う熱気は、一度行ってみないと分かりません。そして取材させて頂いた齋藤さんは、フォルクローレの音色は「日本人の好きな音色」と評します。確かに郷愁があって、理由は分からないけどなぜか惹かれますよね。40年余の歴史の重みも感じながら、美味しい川俣シャモを食べがてら、行ってみては如何でしょう?

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2019.08.24a story about a wooden sword "Byakko-toh" 1

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お土産を買ったり食事をしたり出来る「鶴ヶ城会館」でも、白虎刀が売られている。

 8月9日のブログにも書きましたように、夏休み期間、日本テレビ系列の東北の各放送局では、或る共通テーマで、ちょっとお出かけしてみたくなるような情報を夕方のニュースの時間帯用に取材、放送しています。今年のテーマは「夏の思い出作り」です。そこで福島からは、城下町のお土産品の一つ「木刀」が会津発祥??という話題を絡めながら、木刀の絵付けを体験できる所をご紹介しました。福島県内では8月23日放送になりましたので、そのこぼれ話を2回に分けて綴りたいと思います(後編は8月23日分に書いてあります)。
 まだ放送になっていない東北5県の地域の方は、ネタバレ部分もあります。ご了承下さい。

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木刀作りその1、反った形に木を切り出す(刃の部分)。

 今回取材した会津若松市の「タカハシ産業」は、最盛期には年に16万本の土産用木刀を生産していました。今でも3万6千本を生産しています。昔は木刀を作る工場が今より多かった為、タカハシ産業は県外にも安定的に木刀を出荷し、それが認められ、木刀をタカハシ産業に注文する観光地が増えていきました。日光、洞爺湖、名古屋、京都等にも販路を広げました。県外の観光地の木刀人気を支えた(=生産し、広めた)のは、会津の一工場の「縁の下の力」があったとも言える訳です。

 木刀を作る機械はこちらのオリジナルだそうです。その為、嘗ては企業秘密が含まれていたそうですが、今は新たに木刀を生産する工場も出てこないようで、自由に撮影させて頂きました。

 まずは反った形になるよう、最初の機械で刃の部分を切り出します(これで、柄の無い「刃」の出来上がり)。

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木刀作りその2、鞘と柄の、原形削り。2枚合わせると、刃のはまる空洞のある、いわば「中空の塊」に。

 鞘と柄の部分は、別の機械を使って作ります。
 鞘と柄は、刃が収まるよう、片側を削り出した木を2枚貼り合わせて作るのです(つまり削った部分を内側にして2枚貼り合わせると、刃が収まる空洞が中に出来た「中空の細長い、木の塊」が出来ます。)。

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木刀作りその3、「中空の塊」を切断する事で、「柄」と「鞘」に分かれる。

 この「中が空洞の木の塊」を、丸みを帯びるよう削ったあと、柄の長さの所で切れば、「刃の刺さっていない柄」と「鞘」の完成。

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木刀作りその4、柄に刃を差し込み「目釘」を打てば、木刀に。その3で切ったもう片方が、鞘になる。

 刃にあたる部分を柄に差し込んで、目釘を打ち込めば、「木刀」の完成。先程できた鞘に納めれば、商品「鞘付き木刀」の出来上がりです。なるほど、巧くできたものですね。

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鞘にスクリーン印刷で「銘」を入れる事で、ご当地木刀になる。

 鶴ヶ城そばにあるお土産品を販売する店「鶴ヶ城会館」だけでも、木刀は年間5千本売れるそうです。店の人に聞くと、教育旅行で来る生徒が買っていくのは今も昔も変わりませんが、女性や、嘗て教育旅行で買ったお父さん世代が懐かしさもあって買っていくそうです。

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銘を入れるスクリーン。「政宗刀」の中には、会津産もあるのだ。

 さてタカハシ産業で作った「鞘付き木刀」は、地元会津若松市で売られる「白虎刀」だけでなく、全国の色々な観光地の名を入れる事で、ご当地の木刀にもなります。今ではスクリーン印刷でスピードアップしましたが、昔はスタンプで一つ一つ押していたそうです。
「今もそのスタンプ、とってありますよ。」

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嘗て木刀の「銘」に使ったスタンプ。以前から全国のご当地木刀を作っていたのが分かる。

 そういってタカハシ産業の社長、高橋通仁(ゆきひと)さんが見せてくれました。ご覧ください、富士山五合目、大多喜城(千葉)、日光山、諏訪大社、浅草雷門などなど、全国の観光名所のスタンプがたくさんあります。高橋さんの工場で作る木刀は、「全国区」とも言えそうな位幅広いのです。ただそれがメーンではないと会長の高橋信男さんは言います。
「木刀だけでは単価が低いので、もうやっていけないんですよ。だからこそ今は色々な木工品のインテリアや雑貨を手掛けて、木刀も作っている状態なんです。」

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木刀を作り続けるタカハシ産業。看板には「木製品・観光土産品製造元」とある。”主戦力”は飽く迄「木製品」の方だ。

 ご当地木刀は国内産が減っている分、中国産が増えています。初めは木刀作りからスタートした高橋さんの工場も、看板をよく見ると今では最初に「木製品」と書かれ、観光土産品は2番目、木刀メーンではないのです。

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会長の高橋信男氏(左)と、社長の通仁氏。

 そんな高橋さんの工場では、Eau(オー)というブランドを創設して、木工のお洒落で機能的な製品を作っています。因みにeauとはフランス語で「水」を意味します。木が育つには水が必要、そして水のように様々な形で綺麗に収まる木工品を作る、といった意味合いを込めているそうです。

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iPhoneをはめるだけ、木製スピーカー。

 例えばこちら、iPhoneが置いてありますが、何だと思いますか?実はこれ、iPhone用のスピーカーなのです。勿論、電源は要りません。iPhoneを置くだけで音の響きが良くなるよう、計算された段差で木を削りだしています。

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ここの「空洞」の精巧な作りが、音を豊かに広げる。

 しかも材質などによって、それぞれ微妙に音の響き方が変わるそうです。iPhone単体と、スピーカーに置いた時では、音量も音質も変わります。しかも軽くて電源要らずでお洒落で5000円(税抜き)と、個人的にはかなり衝撃的な商品でした。

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リモコン置き(奥のこげ茶色のものが、利用時の形)。伸ばすと平らになる(手前)。デザインも素晴らしい。

 またこちらは、リモコン置きです。手前は、立体化する前の状態。真っ平らな、板の組み合わせに見えますが、持ち上げてジグザグに揺らすように置くと、リモコンを置く場所が幾つも出来上がります。下の木が上の木を支える角度にも工夫をしたそうで、デザインも素敵です。

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ジャケット掛け。何も掛けなければ木のオブジェ風に。

 ほかにもトイレットペーパーのラックや、インテリアにもなる木を象ったジャケット掛け等、機能美を追求したデザインが、会津から生まれていますよ。(つづく)

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