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2021.03.03Japanese ice fish from Namie Town

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今回は、福島に春を告げる魚の一つ「シラウオ」をご紹介!

 『ゴジてれChu!』の第1・第3水曜日には、新潟と結ぶ「ばんえつ横断お国自慢!」というコーナーがあります。今回は「春を彩る風物詩」をテーマに、福島自慢のリポーターとして、浪江町(なみえまち)に行って今が旬の「シラウオ」を取材してまいりました。その取材&こぼれ話です(途中、美味しいお店に脱線します)。

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浪江町の「請戸(うけど)漁港」。東日本大震災の津波から復活した。

 浪江町は太平洋に面した町です。一時は全町避難だったのですが、いまは帰還困難区域の所もあるものの、帰れる地域も増えました。B1グランプリで有名になった「なみえ焼そば」をご存じの方も多いでしょう。

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請戸漁港から望む。シラウオが揚がる港だ。

 海沿いの町ですので漁港もあります。そこに今揚がる旬の魚の一つが「シラウオ」です。

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皆さん、漁船の上で卓を囲んで大事な作業中…。

 朝8時半に請戸漁港に行くと、既に漁を終えた皆さんが作業をしています。

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漁船のそばでも同じ作業中。シラウオ以外の魚・海藻を丁寧に取り除いて、競りに出す。

 これは選別作業で、シラウオ以外のものを取り除いているのです。例えば海藻類やほかの魚介類の子ども等が混じっているそうで、それらを卓上に広げた殆どシラウオの山から、目で確認して1つ1つ取り除いていくのです。
 するとその作業をしていた方の中の一人が、
「徳光さん、食べてみっかい?食べてみないと巧くリポートできないんでは?」

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「食べてみっかい?」と分けて頂いた、生のシラウオ。透き通っている。

と言って、特別に水揚げしたての生のシラウオを分けて下さったのです。これは貴重&折角のご厚意、早速頂きます。シラウオは細身は細身なんですが、細いながらも肉付きが好いんです。透明度が高いのは、新鮮さの証ですね。

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潮風を浴びながら試食。口に残る苦みは、日本酒に合いそうだ。

 贅沢に一つまみを口に運ぶと…おおっ、つるっ!ぷりっ!とした食感。ほのかな甘みがある上、最後に少しばかり苦みが残ります。この苦みこそが、いわば大人の味でしょうか。

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1ケースが約20キロ分のシラウオ。

 因みにこのケース1つで20キロほどあるそうです。こちらの漁船ではこの日、約300キロ獲れたと言います。
 ほかにも釜揚げ、かき揚げ、お吸い物等の食べ方があるのですが、それは午後にロケの約束をしてあるとディレクターが言うので、その間に競りの様子を2階から取材。

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広い市場で、この日はシラウオだけの競りが行われた。

 この日はシラウオだけなので、一角だけで競りが行われていました。この日揚がったのは約1トンだそうです。

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西内食堂。昼時になると、外で空き待ちの列も出来る。

 午後の取材前に、撮影スタッフと腹ごしらえです。
 昼食は、同じ浪江町にある「西内食堂」へ行きました。以前「ふくしまイケ麺探し」のコーナーで紹介した店で、その時取材したのが、今回のディレクターだったのです。自ら取材・放送して味の分かっている店ですから、連れていかれる我々は安心して任せられます。因みにその時のリポーターが…

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「ふくしまイケ麺探し」のコーナーで取材した時の石井アナ。普通の客っぽい。

石井アナでした。
 記念写真が、一般のお客さんの写真に交じって店内に飾ってありました(良かったら、待ち受けにどうぞ)。

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こちら「きつねうどん」(580円・税込み)。この日は私を最後に、きつねが品切れになった。

 私はうどんの味をしっかり味わいたかったので、「きつねうどん」に(大盛サービスなのですが、このあと食リポを控えていたので、泣く泣く普通盛りに)。ほかのスタッフはけんちんうどんにカレーうどん、野菜のかき揚げうどんとそれぞれの好みのうどんを注文です。今回は私の頼んだきつねうどんをご紹介しましょう。
 まずはつゆから。…う~ん(^^♪、味自体は濃くありませんが、出汁がしっかりきいています。

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太いうどん。食べ応えあり。

 うどんが太い!…こしがあって、小麦の味もちゃんとします。

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このお揚げが美味しい。ごはんも欲しくなる味。

 そして自家製のお揚げ。……これは美味い!甘辛い味が煮含められていて、つゆと対照的なインパクトを残します。

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つゆは塩分控えめ、旨味濃いめ。三角飲みがお勧め。

 そして食べている内に気付いたのですが、花かつお、ねぎ、お揚げとエリアが分かれているのですが、これを分けたままにして、れんげでそれぞれの近くで掬ってつゆを飲むと、それぞれカツオだし、ねぎの香りと甘み、お揚げの甘さといった味わいが加わり、味変が楽しめます。勿論全部混ぜ混ぜする美味しさもあるのでしょうが、個人的にはこのエリア分けを残しながらの“三角食べ”ならぬ“三角飲み”がお勧めです。

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いや~、食べた食べた(^-^)

 そばやうどんを食べる時、後半いつもは辛さと香りが好きで七味唐辛子をばんばん入れるのですが、今回はすっかり入れるのを忘れる位、味わう事に没頭してしまいました。これで税込み580円は納得です。

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浪江町民は焼きそばにしてもうどんにしても、太いのが好きなのか?

 最後に石井アナの立っていた位置で写真を撮れば、思い出作りの完成です(石井アナが「2」だったので、私は「1」にしてみました)。

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魚匠鈴栄のシラウオ加工品の数々。

 いよいよ後半です。←こっちが仕事

 今回取材したシラウオの加工品を作っているのが、明治29(1896)年創業の魚匠鈴栄(すずえい)。東日本大震災で加工場が全壊したため、いまは宮城県で製造しています。戦時中には釜揚げにしたものを干して東京に出荷していて、東京では高値で取引されたそうです。

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柔らか干し。ミネラル塩と合わせても、美味しい。

 まずはその釜揚げを天日で干したものから。
 熱を加えると、食感がふっくらに変わり、甘みが強くなります。苦みが殆ど感じられなくなるので、生が苦手な人でも食べやすくなります。
「塩をちょっとかけても美味しいですよ。うちの塩は海水から作った塩なので、旨味も増します。」
というのは、製造を手掛ける鈴栄の方(塩を持って来て下さいました)。海水塩をかけると、旨味も風味も増しますね。

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郷土食の「お吸い物」。シラウオの旨味の強さがよく分かる。

「こちらは、お正月とかお祝いの時に出す事が多いですね。地元でも値段の高い魚ですから。」
 シラウオのお吸い物です。浪江町の郷土食だそうで、中にはねぎと絹ごし豆腐のみを入れ、塩と醤油で味を調えます。
 シラウオからの旨味・出汁が汁にたっぷり出て来ます。シラウオの持っているポテンシャル・持ち味がこれでもかと分かるのは、もしかするとこのお吸い物が一番かも知れません。しかも敢えて豆腐と言う淡白な味わいのものを具に使う事で、シラウオの強い旨味が更に引き立ちます。

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かき揚げは、シラウオの持つ甘みをしっかり味わえる。

 そして放送からはこぼれてしまったのですが、まだまだシラウオの楽しみ方がありますよ。
 こちらは、かき揚げ。
「ねぎを入れてシンプルに揚げるんです。ねぎが入ると甘みが増すんですよ。」
 確かに甘みも増し、香りも加わります。揚げたては外がかりっ、中がふわっ。しかも旨味を衣が逃がさないので、衣が割れた瞬間にシラウオの旨味が口の中に広がります。

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シラウオは、調理の仕方で味わいが変わってくる。

「基本、シラウオとねぎはワンセット、最高の組み合わせです。ねぎが入るだけでシラウオの甘みが強くなるんです。シラウオ料理の際は、ねぎは必ず使います。」
との事。確かに今回ご紹介頂いた料理は、全てねぎを使っています。

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シラウオのちりめん(左)・柔らか干し(中央)・佃煮(右)・生(右手前)

 更に写真左は、釜揚げしたものを干して乾燥させたちりめん。こちらは、干した分旨味凝縮、噛めば噛むほど味が出て来る感じです。
「どちらかというと、小さいシラウオはちりめんにしますね。」
 写真右はシラウオの「佃煮」です。
「実は正直、採算が合わないんです。」
と話す佃煮は、シラウオの旨味そのままに、優しい甘辛さが後をひきます。渋いお茶が合いそうな味です。佃煮が合うとは…という意味で、私が今回頂いたシラウオの食べ方で一番印象に残ったのが佃煮です。

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「道の駅なみえ」でも、手に入れる事が出来る。

「シラウオは、福島県でもここ浪江町や、ここより北の相馬等に多く揚がります。揚がらない地域の方はシラウオの味を知らない方も多いので、是非これを機にシラウオを食べてみて欲しいですね。」
と鈴栄の方は話していました。青森から和歌山の太平洋沿岸に生息する魚だけに、特に日本海側の新潟の方は、実際に食べた事が無い方もいらっしゃるでしょう…なんて話をしたら、
「新潟はお酒が美味しいでしょ?浪江も美味しい地酒があるので、シラウオと一緒に出すとどちらも止まらなくなるんですよ。」
との事。新潟の皆さんも、美味しい地酒とともに食してみては如何でしょう?

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売り場はこんな感じ。他にも魚の加工品がずらりと並ぶ。

 取材・放送時点での価格は、生シラウオ(200g・要予約)1080円~、釜揚げの柔らか干し(100g・半生冷凍)734円、ちりめん(60g)480円、佃煮(80g)581円です。取材・放送時点と書いたのは、
「値段は時価なんです。その時々で値段は変わります。」
との事でしたので、購入したい方は問い合わせて確認をしてください。
 お取り寄せは、柔らか干しのみインターネット(「魚匠 鈴栄」で検索)でも可能です。
 柔らか干しを含め、商品全般は電話注文が可能です。以下のところに問い合わせてください。

 鈴栄商店 (0244)32-1186

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「道の駅なみえ」では、浪江や県内の名産品を買い求められる。

 またこれらの商品は、「道の駅なみえ」でも購入する事が出来ます(水揚げ等によって、一部商品が無い場合もあります)。入って奥の一角、比較的レジに近い所に並んでいます。また道の駅ではご当地名物「なみえ焼そば」や「しらす」等も人気だそうです。県内の名産品も並んでいますので、立ち寄ってみてはいかがでしょう。

 花粉症の私は先月から鼻で春を感じていましたが、舌で感じる春は嬉し楽しいものです。太平洋の幸、シラウオの話題でした。

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2021.02.25with a camera in Sukagawa City 1

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今回は、須賀川市。公園には「松明あかし」の絵が…。

 『ゴジてれChu!』木曜恒例…の筈でしたが、新型コロナウイルスの影響で1か月以上ぶりの復活となります「ぶらカメ」のコーナーです。今回は当日の朝に自分で抽選して市町村を決めてから取材、という事で、朝7時にいつものボックスから引いた結果「須賀川市(すかがわし。すがかわし、ではありません)」にお邪魔してきました。

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分かりにくいが、松明を立てた所は芝がはげてしまっている。

 須賀川市は郡山市の南隣、人口7万5000人程、280平方キロメートル弱の広さです。東京五輪男子マラソン銅メダリストの円谷幸吉や、ウルトラマン等の特撮で有名な円谷英二氏の故郷です。
 城もありましたが伊達政宗によって落とされ、その戦いで亡くなった人の弔いの祭りとして今の形になったのが「松明あかし」です。

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トイレ(右)には、松明の炎がステンドグラス風にデザインされている。

 愛宕山には高さ10m程の松明が約30本人力で立てられ、炎が夜空を焦がします。ここのところ新型コロナウイルスや東日本台風の影響で、本来の規模では行われていません。

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最初に出会ったのは、犬の散歩中の女性。

 そんな松明あかしの行われる公園で出会った第一市民は、犬の散歩に来たこちらの女性です。
 犬の名前は、コタロー。お子さんが漢字で「虎太郎」と名付けたそうですが、女性のイメージとしては「何となく片仮名のコタロー」だそうです。

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コタローは、須賀川市の家ですくすく成長中。

 東日本大震災では家が全壊し、暫くは家で犬を飼う環境が無かったそうですが、その後犬を飼える生活環境が整ったので、犬が好きなこちらの女性は、県内で生まれたばかりの子犬を3か月前に里親として引き取ったそう。
 性格はちょっと「怖がり」。知らない人からシャッターを切られて、びくっとする場面もありましたっけ。ま、私でもシャッターを切られると、どきっとしますものね。

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「話は良いから、先に行こうよ…。」コタローの心の声が聞こえてくるようだ。

 コタローは散歩が大好きで、早く連れて行ってとせがみます。大好きな散歩の最中にごめんね。存分に歩き回ってきてください。

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元同僚の2人。退職後もこうして付き合いが続いているそう。

 続いて出会ったのは、会社の元同僚というお二人。モーターを作る仕事をしていたそうで、某有名掃除機のモーターにも、勤務先で作ったモーターが使われていたそうです。

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山に登って写真を撮るのが楽しみという。見せて頂くと…

 写真を撮るのが趣味で、山や鉄道を撮るのが好きなのだとか。スマホに入っている写真のデータを見せて頂きました。

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尾瀬沼に燧ケ岳が映る。これだけ水面が波立たないのは珍しい。

 こちらは尾瀬沼に映った燧ケ岳を撮影したもの。ここは以前私も朝の情報番組『ズームイン!!朝!』のロケや中継で何度も撮影しましたが、朝の風のない時間帯でないと、沼に山が映らないのです。しかもこれだけ綺麗に映るのは、そう多くはありません。普段の行いが良いのでしょうか。

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低い山だと一緒に登る事もあるという。健脚でいらっしゃる。

 お隣の方は、歩くのは好きで、低い山なら時々お付き合いするとの事。本格的なカメラで撮影する元同僚の姿は「格好良い」そうです。

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お二人とも70歳だそう。お若い!

 こちらの公園では1時間ほど歩いていたとの事。公園が広く、起伏に富み、一周するとそれ位の時間がかかります。山に登る体力もこうして培われているのですね。

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雪だるまが残る妙林寺の境内。子どもの声が響いていた。

 さて町中を歩いていると、子どもの元気な声が聞こえてきます。妙林寺の境内に数人の子どもがいるようです。

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雪の滑り台で、住職のお子さんがそり遊び中。楽しそうだ。

 行ってみると、先日の雪を使って小さな滑り台が出来ていて、子ども達がそりに乗って遊んでいました。寺の境内で結構大胆!と思ったら、ご住職のお子さん5人でした。

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妙林寺の住職。駐車場の雪かき中だった。

「雪が積もると、滑り台を作るんですよ。雪が多いと本殿の屋根から雪がどさっと落ちる事もあるので、かまくらを作る事もあります。去年は雪が無かったので、久し振りですね。」

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右が上る為の階段。中央にプチかまくら。左が滑り台。

 因みにこの滑り台を作ったのは奥様。右の階段から上れるようになっていて、中央には“プチかまくら”があります。

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奥さんが雪の滑り台を作った。

「一応子どもの頭位は入りますよ。」
との事で、実際にお子さんの一人が入ると、

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お子さんの一人が入ってみてくれた。

 上半身がすっぽり入る位の奥行きがあります。冷たくないのか聞くと、

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「暖かいで~す。」掘るのも造るのも大変だったでしょうね…。

「暖かいで~す。」
との答が。保温性が高いのですね。それにしても、上には子どもが何回も乗ってはそり滑りをしているのですから、頑丈な造りです。
 ところで雪の滑り台の所に立っている「金色堂」と書かれた石柱は何でしょう?こちらのお寺に「金色堂」はなさそうですが…。すると住職が

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滑り台の所にあった石柱、この文字が中尊寺で掲げられていた!?

「実は私のひいおじいちゃんが岩手の中尊寺金色堂の標柱の文字を書いたんです。そのレプリカなんですよ。」

 あの有名な中尊寺の?なぜ妙林寺の住職が??

(2月24日のブログにつづく。)

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2021.02.24 with a camera in Sukagawa City 2

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この石柱の「金色堂」の文字は、以前の住職が書いて中尊寺に掲げられていたという。

(2月25日のブログの続きです。)

 須賀川市を旅した今回、妙林寺にある石柱の「金色堂」の文字は、今から4代前の住職が中尊寺に請われて「金色堂」と標柱に書いたもののレプリカだと言うのです。一体、どんな繋がりがあったのでしょう?


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中尊寺の写真がないので、お子さんの雪遊びの画像をお楽しみください。

 中尊寺金色堂は奥州藤原氏が平安時代に建てた仏堂で、国宝にも指定されています。この妙林寺の現住職の曽祖父が請われて標柱の文字を板に書いたそうですが、なぜ中尊寺から標柱を書くよう頼まれたのでしょう?

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出発~~!結構加速して…

「ひいおじいちゃんは、書が巧かったんです。東京にも教室を持っていて、犬養毅(元首相)等も習いに来ていたほか、天皇が即位される時の幡の下に「『萬歳』と書かれたものを掲げるのだそうですが、嘗てその時の『萬歳』の文字を書いたと聞いております。昭和天皇もひいおじいちゃんの書をご覧になった事があるそうです。」

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勢いあまって180度近く回転しちゃった…。

 張道寂俊(1873‐1947)は飯野村(現在の福島市)に生まれ、1897年にここ妙林寺の住職となります。その書の巧さは有名で、東北地方を巡っていた時に、中尊寺から「金色堂」の文字を書いてほしいと頼まれたという訳です。
「あちらの石にも、ひいおじいちゃんの文字が刻まれていますよ。」

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こちらも張道寂俊の書。先日の地震でも揺らがず。菩薩様のお陰?

 張道寂俊の筆は、寺の守り本尊(年に一度開帳との事)を表したものです。
「先日の余震(東日本大震災の余震とされる、2月13日の最大震度6強の地震)でも倒れませんでした。手前の灯篭は倒れてしまいましたが…。」

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手前の灯篭は、先日の地震で崩れてしまった。

 これも菩薩様のご加護だったのでしょうか。文字通り“達筆”は無事に残りました。
「直筆の書も、本堂にありますよ。」
との事で、見せて頂きました。
「こちらです。」

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この独特の文字が、寂俊の極めた流派の特徴だそう。

 『博愛済衆』と書かれた書は、何とも独特の筆遣いです。
「書道の一派(入木道)のもので、その流派の奥義を極めたんですね。ところが、その後を受け継ぐ人がおらず、その流派の、免許皆伝じゃないですけど、継承する人はひいおじいちゃんで途絶えてしまったそうです。晩年は太平洋戦争で国内がごたごたしていましたからね。」

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再び、お子さんの雪遊びの様子をご覧ください。スタート!

 そんな凄い方が、須賀川市の寺の住職だったのですね。因みに妙林寺の歴史を伺うと、
「私で七十三代です。」
 七十三代!?すると、いつ寺が出来たのでしょう?

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あらら、コースアウトです。

「平安時代に遡ります。1100年位の歴史があるそうですねぇ。」
 さらっと仰いますが、歴史あるお寺だったのですね。という事は、妙林寺も過去には千年に一度と言われる巨大地震、東日本大震災級の地震(貞観地震)を経験していた事になります。千年に一度の大地震を2度も経験して今も残っているのは、檀家さんら周囲の方の支持があっての事でしょう。

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10年前は本堂の瓦が落ちた。今は瓦は使っていない。

 本堂は1500年頃まであったお城の木で造られた、との話も残っているとか。
「東日本大震災の時は本堂の瓦が落ちて、入口の右の石柱は倒れちゃいましたね。」

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妙林寺の入口にある石柱。ロープが張られている。

 その石柱は、いまロープが巡らせてあります。
「この前の余震で、動いちゃったんですよ。」

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土台から石柱が回転してずれているのが分かる。先日の余震での影響。

 石柱の下を見ると、20度位回転しているのが分かります。」
「東日本大震災の後、恐らくモルタルか何かで倒れないように固定したと思うのですが、それでも動いちゃいました。」

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雪遊び第3弾。お姉ちゃんが、末っ娘を乗せて滑らせますが…

 県内では10年前の震災で大きな被害が出なかった建物でも、先日の余震で被害が出た所が幾つもあります。余震の大きさ、建物にかかったストレス・エネルギーの大きさが伺えます。

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ごちん!頭をしたたか打ってしまいました…。

 そんな妙林寺には、大日如来像が祀られています。

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今回特別に、供物を捧げる机に映った大日如来像の御尊顔の撮影を許可してもらいました

「室町時代のものではないか、と言い伝えられてきました。先日県立博物館の方に見てもらう機会があったのでいつ頃のものか尋ねてみると、仏像の特徴から見て『妥当でしょう。』との言葉を頂きまして、言い伝えは本当だったんだなと再認識したところです。」
 大日如来像の由来をきちんと後世に伝えようという支援者の皆さんの意志を感じるエピソードです。
 身近にこんな歴史のあるお寺がある事を知りませんでした。最後に七十三代ご住職のご家族の集合写真です。

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雪遊びの後は、サッカーが始まった。

「皆揃った写真なんて、あまり撮ってないですね。」
 理由を尋ねると、
「必ず誰かいないんです。」

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家族での集合写真。子ども全員が揃った一枚。ウルトラマンのポーズは、さすが円谷英二を生んだ須賀川市の子どもらしい。

 お子さんが元気に飛び回っている証拠です。この日はテレビ局の取材という事で、何とか揃って頂きました。お子さんは2歳ずつ違うそうです。この中から七十四代住職が生まれるのでしょう。
 ところで須賀川市で名物や面白い人・場所はないか尋ねると、娘さんが

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娘さん、ナイス回答!こういう情報がぶらカメには大事です。

「安藤さんの所は?」
と言います。お父さんも、良い所に気が付いたという感じで
「駄菓子屋さんなんですが、懐かしい昭和のプラモデル等も残っていますし、徳光さん世代には響くと思いますよ。」
との事。更に
「あとその近くの動物病院の所に猫がいて、人懐っこいですよ。」

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チラ見せ。次の展開で、こんな可愛い猫との出会いが…。

 早速向かう事にします。

(2月23日のブログにつづく。)

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2021.02.23with a camera in Sukagawa City 3

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ナイス回答も、その日は休業中でした。

(2月25日・24日のブログの続きです。)

 須賀川市の妙林寺で面白い駄菓子屋さんを教わり、早速向かう事にしました。しかし…この日はお休み。地震の影響もあったようです。

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飼っている猫が交通事故に…。幸い順調に治ってきている。

 その隣の動物病院の前に、ペットの診察待ちの人がいます。
「うちの子は車の事故に遭って、後ろの足の骨が折れちゃったんです。」
 大事そうに抱えるかごの中の猫ちゃんは、そんな辛い目に遭ったものの、順調に治っているそうです。猫ちゃんの姿を見られますか、と尋ねたところ
「暴れると思います。」
との事。それだけ元気で何よりですが、まだけがを治している最中ですので、無理は禁物ですね。

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話の最中に、猫が女性にすり寄ってきた。

 そんな話をしていると、どこからともなく別の猫が私たちのところに怖がりもせず近づいてきます。どうやら妙林寺の娘さんが話していた猫ちゃんのようです。

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何撮っているんですか?

 私の膝元にも近寄ってきて、

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大事にされているのか、人を怖がらない。

近寄り過ぎてピントが合いません(私の老眼のよう…)。インタビューをしていた女性も、慣れた様子で猫を可愛がり始めます。すると…

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あら~、気持ちよさそう…。

あらあら完全なリラックスモード。

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無防備ですね~。完全に女性の事を信用しています。

 和みますね~。癒しの猫ちゃん。

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向かいの店先にも、1匹の猫が…。

 斜向かいのお肉屋さんの前にも、別の猫ちゃんが。ちゃんと日なたを確保しています。

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こちらを注視するものの、日なたは譲りません。

 近寄っても、堂々としたものです。

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「ま、いいか…。」といった感じであっちを向く。

 私には余り興味はないようで、あっちを向いてしまいました。更には

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太陽に一歩でも近い方が好いにゃん。

もっと暖かい所を求めて、日なたから日なたへ。
 こんな風に私も自由に生きてみたい…と思ったりもする土曜の午前です。

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暖かいところを探して飽くなき追及が続く…。

 すると先程の動物病院で診療待ちをしていた別の方が、
「この先のお店の大福とゆべし(餅菓子の一種)が美味しいんですよ。是非行ってみてください。」
とわざわざ教えてくださいました。これは行ってみるしかない!

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町の人お勧め「豊年餅屋」。暖簾が人気の程をうかがわせる。

 その店はすぐに見つかりました。「豊年餅屋」。多くの客がそこをくぐったからでしょう、暖簾の左端が短くなっています。
 入ってみると、人が2人も立てばいっぱいのスペースだけあるのですが、ショーケースなどは何もありません。その向こうに店の方2人がいるだけです。ロケの趣旨を話して、

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何度もお客さんがくぐって、暖簾が擦り減っている。

「大福はありますか?」
と伺うと、
「ありますよ。あときょうは、桜餅があります。」
との返事。そこで大福と桜餅2つずつを購入します。

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桜餅(半分に切った)。漉し餡たっぷり、餅の淡いピンクに春を感じる。

 まず桜餅のフィルムをとると、桜の葉の芳しい香りがマスク越しでも分かります。頂くと、さすが「餅は餅屋」ではありませんが、餅屋の餅はもっちりとした歯応えがあり、漉し餡の上品な甘さが、塩漬けの桜の葉と相まって絶妙のバランスを保っています。

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大福(半分に割った)。餅は厚めで、食べ応えあり。どちらも美味しい。

 大福は餅の厚みがあって、食べ応えも十分。桜餅より歯応えと弾力があります。餅そのものが美味しいのが印象的です。

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朝の餅作りからスタート。餡の味付けも一人でする。

「うちは餅屋なので餅を作って、大福とその季節に合わせたものを作ります。今なら桜餅、その後は柏餅ですね。」
 ご主人は三代目になって30年程。実は一人で作っています。
「朝餅をついて、餡も朝から煮詰めます。」

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この日は桜餅と大福の2種類。1個100円(税込み)。

 店で働く女性も
「添加物は使っていないんですよ。餅も早く食べないと固くなります。」
 それでこそ本来の餅です。昔から餅は変わらないようですが、味はどうなのでしょう。ご主人曰く、
「実は変わっています。餡も材料の一つを変えましたんで、甘さがきつくはなくなったと思います。お客様は『昔と変わらない味ですね。』と仰いますが…。」
 時代によって進化を続ける、“伝統”の餅菓子なのです。そんな餅屋ですから、予約注文があると餅単体や赤飯を作ります。

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店の桶は、赤飯のお持ち帰り用。

「赤飯はパック詰めしたものを求める人もいますが、桶に入れて持って帰るお客さんもいますよ。」
 お店の一角にあったのは、持ち帰り用の桶だったのです。余計な水分を吸ってくれるので、味わいを保つ優れた容器です。
「きのうのこの時間に来れば、赤飯があったんですよ。」
 すかさず、女性の店員が
「赤飯も美味しいんですよ~。」
 あああ、食べたかったなぁ。
「以前は1月っていうと餅をたくさん作ったものですが、最近は皆さん餅を以前ほど食べなくなりましたね。」

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我々取材用に2個ずつ買った為、大福は残り14個に…。

 そんな餅屋の餅菓子は、その日の朝に作った商品が売れれば終わり。取材中に大福20個を求めるお客さんが来たのですが、女性店員が
「大福はあと14個しか無いんです。」
と言って、残り6個を桜餅にしてもらいます。その次のお客さんには
「大福は無くなっちゃって、桜餅しか無いんです。」
と言って桜餅のみを販売。するとご主人、女性店員に
「暖簾しまっちゃって。」

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11時を前に、売り切れ閉店。売れ方が半端じゃない。

 何と、桜餅のお客さんで売り切れ。時刻は10時半を回ったところです。
「きょうは桜餅を50個、大福を130個作りましたかね。大体お昼前には終了ですから。」
 暖簾を引っ込めた後もお客さんが来るのですが、店の人の
「すみません、きょうは終わっちゃいました。」
との言葉に、残念そうに帰る客が何人も。取材中の我々の人影に、もしかすると残っているのでは?と思ったようです。期待を持たせちゃって済みません。
 そんなご主人、一時期店を休んだ時期があります。東日本大震災の時です。
「店の戸のガラスが割れ始めたんで逃げなきゃと思ったんですが、揺れが酷くて、おさまる迄逃げられなかったですよ。」

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話すご主人の後ろに火鉢。震災の時に暖をとったが、今は使っていない。

 後に全壊と認定された店舗兼住宅にいる訳にはいかず、向かいの公園に火鉢を持っていき、暖をとったそうです。でもこの店の向かいに公園はありませんが…
「前はもうちょっと先の所に店があったんですよ。」
 その後は郡山市から通いながら、次の店舗を建てる土地を探して出来たのが、現在の店舗兼住宅。
「でも気密性が好くなり過ぎて、知り合いから『火鉢は使わない方が好いよ。』って言われて、使っていないんです。」
 最近は体力的に餅づくりもきついそうです。それでもお客さんから感謝されるのが嬉しくて、餅づくりを続けています。

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お昼前には、のれんがしまわれている事も…。早い者勝ちだ。

 この日は朝8時頃から店を開け、先に出来た桜餅から販売、その後大福が出来た時点で2種類販売、売り切れた10時半過ぎに営業終了という流れでした。なので、買い求めたい方は朝から午前中早めで、しかも時間帯によっては1種類しかない事を承知の上でどうぞ。ただ餅の美味しさは確かなので、ご安心を。また餅は時間が経つと固くなるそうなので、なるべく夕方前に食べ切れる量を求める事をお勧めします。

 美味しい餅を頂いて、更に通りを進みます。

 (2月22日のブログにつづく。)

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2021.02.22with a camera in Sukagawa City 4

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かつては馬が荷を運んで行き来したのだろうか…。

(2月25日・24日・23日のブログの続きです。)

「いまは更地になっています。」
という豊年餅屋の元店舗跡を見がてら進んだのが、その先の馬町通り商店街。確かに向かいは公園で、更地には車が止まっていました。

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道路に面した黒板に「OPen」の文字。でも開店日が…

 その先を暫く進むと、店先に「Cafe TOKUZO」と書かれた黒板を目にします。私も名前が「徳光」なので、「TOKUZOU」という名前にちょっと惹かれます。店先で煙草を燻らせていた男性に尋ねると、まさに「TOKUZOU」のご主人との事。すると
「月に1回だけオープンする店だったんです。」
 え、月に1回?きょうオープンしているという事は、その月に1度の日に当たったって事ですか?

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こちらのカフェの「中を見て」みると…

「閉まっている日の方が多いので、そっちで有名になっちゃったんですが、去年の12月から週末オープンするようにしました。良かったら、中を見て行って下さいよ。」
と仰います。カフェで「中を見て行って」とは一体…?中に入ってびっくり!

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実は手作り額縁を販売する、ギャラリーを兼ねたカフェだったのだ。

「額縁を作って、売っているんですよ。」
 手のひらサイズの小さなものから、ちょっと変わったものまで、様々な額縁が並んでいます。

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額縁の材料は、家具などに使われていた木材だ。道理で、年月が醸す素敵な色合いをしている。

「その額縁ね、100年とか150年とか前の古材などを再利用しているんですよ。」
 確かに、額縁の木材は年季が入っていますし、

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どこの部材だったのか、穴があいている。これも味わい。

穴があいているものや、

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蝶番も付きっぱなし。これがお洒落なのだ。

扉を利用したもので、蝶番がついたままの額縁まであります。だけど、それが却って味がある。それが却って面白い。趣があります。

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マッチの図柄も、額縁に収まれば素敵な絵画に。

「そっちは昔のマッチが入れてあるんです。」
 昔はマッチも煙草以上にデザインが豊富でした。使い込んだ家具材の額縁に入ると、しっくり味わいが増します。

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年代ものの絵は、年代物の額縁がよく似合う。

「それはチェコスロバキアのマッチ箱。何て書いてあるか分からないけど、可愛くて、色遣いが好きでね。」

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名刺も、ちょっとしたインテリア風に。悪戯心で…

 中には、名刺を入れてある額縁も。それなら、えいっ。

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私の名刺も、結構見栄えするじゃないですか。額縁様様。

 冗談で私の名刺を置いてみました。私の名刺も、この店の額縁に収まると、ちょっとしたインテリアになるではありませんか。するとご主人、
「こんな事をすると、もっと違った印象になりますよ。ほら。」

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ガラスに凹凸があるので、角度で文字の見え方も変わって面白い。

 これは額縁の内側に、凹凸のあるガラスをはめ込んだのです。
「このガラスも、古いところ(家具など)から切り取って使っているんです。」

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こんな遊びのある額縁も…。

 ほかにも、装飾が凝っている額縁もたくさんあります。

 これ、何で縁を装飾しているか分かりますか?

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物差しを額縁にあしらってある。

 そう、物差しです。

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昔の温湿度計の板を、半分に切って額縁に…。

 ではこちらは何だか分かりますか?
「薬屋の温湿度計を半分に切って組み合わせたんです。50までの方が温度計、100の目盛りがある方が湿度計。」
 下の方を見ると、「大島薬」という文字が半分に分かれているのが分かります。大島薬局が寄贈した温湿度計だったのでしょうか。昔は会社の名前が入った鏡や寒暖計が、広告代わりに銭湯や学校に置かれている事がありました。今だと企業名の入ったカレンダーが、その役割を果たしているでしょうか。

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目盛りや数字も、デザインの一部に。

 液体温度計を固定した穴が残っているのも分かります。物差しや温度・湿度の目盛りすら、デザインの一部になってしまいます。
「洗濯板を使ったものもありますよ、あれです。」

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洗濯板が額縁に…って縁の方が大きいんですけど(^-^;

 洗濯機が誕生する前、その頃の主婦の大仕事の一つが、洗濯板による洗濯でした。これに石鹸を付けた衣服などをこすりつけて、汚れを落としたのです。今考えると重労働ですよね。

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円い額縁?元は一体…?

「これ、何だか分かりますか?」
 丸い形をしていて、焼き印も押してありますねぇ。
「炊いたご飯を入れるおひつの蓋なんです。」

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裏返すと分かる…ん?最近の若い人は知らないかも。

 なるほど裏返すと、おひつの蓋である事がよく分かります。

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色んな額縁を作ってしまう木村徳蔵さん。

 こんな面白い額縁を編み出したのが、木村徳蔵さん。でも今でこそ週末に店を開けているそうですが、月1回の営業だと収入はどうしているのでしょう?
「本業はリフォーム業なんですよ。」

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倉庫を改装して、ギャラリーカフェを作った。

 このカフェも、元は倉庫だったものをご自身が本業の合間に改装したもの。
「音の出る作業は日曜の昼間にして、それ以外を本業が終わった夜に来て、少しずつ進めていたんです。さすがに時間がかかり過ぎたので、最後は仲間が手伝ってくれましたが…。」

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金具を入れただけだが、配置が素敵だ。

 2年がかりで作った空間は、木村さんのギャラリー兼カフェに。なるほどリフォーム業をする位ですから、木材加工はお手の物。それでこの個性的な額縁も生まれた訳ですが、中に飾る・入れるものにセンスを感じます。

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カフェなので、コーヒーを淹れて頂きます。

「コーヒーを淹れますから、それまで良かったら2階も見て下さい。」

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ちょっと急な階段の上には、更なる世界観が…。

 お言葉に甘えて、ちょっと急な階段を上って2階に行ってみます。

(2月21日のブログにつづく。)

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