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第1章 自然への回帰 ― 歴史主義からジャポニスムへ

19世紀後半は歴史主義の時代といわれます。当時の美的な、そして技術的な要請に応えるために、歴史上の旧い作品を参考に、そこから着想を得た作品が作られました。この時代に用いられた多くのモチーフが、その後のアール・ヌーヴォー期まで継続されることになります。

エミール・ガレ《菊花文花器》1896年頃
ジョセフ=テオドール・デック《花鳥文花器》1880年頃

第2章 日本工芸を源泉として ― 触感的なかたちと表面

1854年の開国に伴って日本と西洋との間で貿易が活発になると、欧米の美術愛好家の求めに応じて、日本から大量の美術品が輸出されるようになります。日本の美術品や工芸品が西洋の人々の関心をとらえ、あらゆる日本文物に対する熱烈な興味は、西洋の美術品、工芸品、デザインに変革をもたらし、1860年~70年代に制作された日本の美術品は西洋の芸術家 の間で流行となりました。ブダペスト国立工芸美術館も1872年の開館当時から日本の美術品を収集しています。

ハーマン・A・ケラー《花器》1900年

第3章 アール・ヌーヴォーの精華 ― ジャポニスムを源流として

アール・ヌーヴォー様式の発展のためにジャポニスムが大きな影響を与えたことは周知の事実です。ジャポニスムの特徴を反映した作品では、サクラ、孔雀や鳥、蝶、竹、芍薬、といった日本のモチーフがあしらわれ、同時に非対称性や不規則性、何も描かれていない空間といった日本的な構図が用いられています。当時のデザインを象徴する曲線模様は、まさに日本美術の美しき単純性を具現化したものです。

エミール・ガレ《洋蘭文花器》1900年頃
ジョルナイ陶磁器製造所《葡萄新芽文花器》1898年-1899年
ルイス・カンフォート・ティファニー《花文瓢形花器》1913年頃
ルイス・カンフォート・ティファニー《植物文栓付香水瓶》(化粧セットの一部)1913年頃
チャールズ・ジョン・ノーク、ロイヤルドルトン社《スコッチテリア像》1904年-1910年
エミール・ガレ《蜻蛉文花器》1890年頃

第4章 建築のなかの装飾陶板 ― 1900年パリ万博のビゴ・パビリオン

フランスの著名な陶芸家アレクサンドル・ビゴは、建築家と協力して1900年パリ万博でパビリオンを建設します。様々な釉薬を使いこなすことで、厚みや色調に変化をもたせたビゴの建築陶芸もまたジャポニスムに大きな影響を受けています。こうしたビゴの建築のための陶芸は、1900年前後のパリにおけるアール・ヌーヴォー建築にとってなくてはならない存在となりました。パリ万博に出品されたビゴの建築陶芸は、当時のブダペスト国立工芸美術館長によりまとめて購入されました。

ポール・ジューブ、ビゴ社《牡牛図フリーズタイル》(ビゴ・パビリオンの一部)1898‐1900年

第5章 ユーゲントシュティール ― もうひとつのアール・ヌーヴォー

アール・ヌーヴォーには様々な側面があり、東洋からの影響をうけたジャポニスムの作品だけではありません。このセクションではヨーロッパ中に広まったアール・ヌーヴォーの多彩な試み、とりわけ中欧とドイツで流行したウィーン分離派を中心に、いわゆる「幾何学的な」アール・ヌーヴォーの一端をご紹介します。

ベルリン王立磁器製作所《植物文花器》1910年頃

第6章 アール・デコとジャポニスム

ジャポニスムの流行は第一次世界大戦後も継続し、アール・デコ様式におけるとりわけガラス作品においてその影響が顕著に見受けられます。

ルネ・ラリック《ナーイアス図飾皿》1920年頃
ドーム兄弟《多層間金箔封入小鉢》1925年-1930年